第227話 住人がイーストエンドから逃げまどう
エヴァはイーストエンドにおこった異変を空から見ていた。
街中に獣人が突然現われる様子も、それから追われるようにして住人たちが、ホワイトチャペルから逃げまどう様子も、上空からは手に取るように見てとれた。
なにかしらのモンスターが現われるのは、すでに織込み済みだったが、住人たちのあわてふためく様は、予想外だった。
てっきり住人たち全員がモンスター化されるものだと思っていた。
ふいに街のどこかで、ドカンドカンという、なにかが打ちつけられるような音が聞こえたきた。
マリアさんたち、さっそくドンパチはじめましたね。
エヴァは街を俯瞰しながら、煙があがっている場所を探した。が、真夜中でしかもロンドン名物のいつもの『霧』に邪魔されて、簡単には見つけられそうもなかった。
ふと、もしかしたらネルはここホワイトチャペルにはいないのではないか。という思いがもたげた。下を見おろす。キャーキャーという悲鳴をあげながら、逃げまどう人々の姿が散見される。
「そうですよね。ふつう、逃げますわよね」
そうひとりごちると、ホワイトチャペル・ストリートの向こう岸、セイたちがむかった第三の犯行現場があるエリアのほうに目をむけた。
「ということは、ネルさんはすでに向こう側に逃げた可能性が高いですわね」
エヴァはピストル・バイクのハンドルをおおきく切ると、反対方向へ車体をむけた。
セイたちのいるはずのテムズ川側のエリアのほうは、ホワイトチャペル以上に渾沌としていた。
どこまで逃げていいかわからず、ただパニックに襲われた人々と、そのパニックに感化されたこの街の住人とかが、右往左往しているのだ。ただ奥へ奥へと先んじて逃げても、その先にはテムズ川が横たわっているのだ。
エヴァは高度を落として、逃げている人々のなかにネルがいないか探した。自分としても本来探すべき場所を放りだして、賭けにでているのだから、なんとしても探しださねばならない。
「ネルさぁぁぁぁん」
エヴァは叫んでみたが、なんの反応もなかった。
焦りがつのる。
だが、まだこのピストル・バイクを具現化できている——
ネルからおおきく離れたわけではない。
エヴァは車体をややつんのめらせるようにして、下へライトをむけた。通路にたむろしている人々に光が投げかけられる。生気に欠ける人々の顔が暗闇に照らし出された。光の加減のせいもあって、だれもが死人のように見える。
が、次の瞬間、その死人たちがカッと目を見開き、大声をあげて逃げまどいはじめた。
