第198話 なんで娼婦の客引きを見てなくちゃならねぇんだ
「ああ、ジョン。ちょっとお金を……いえ、ヴォクスホールにいる妹のところへ行くところなのよ」
「ヴォクスホールに妹さんがいんのかい?」
「ええ」
「ふーん、そうかい。こんな真夜中だ。気をつけて行くんだよ」
「みなさま、あとをつけましょう」
スピロのことばに促されるようにして、セイたちはアニーの尾行をはじめた。
アニーの行動はどうみても妹のところへ向う、というものではなかった。あきらかに客を物色している様子で、街角に立って行き交う男のほうへ目をむけたり、脈がありそうだと声をかけたりしていた。
「なんでオレたちが、娼婦の客引きをずっと見てなくちゃならねぇんだ!」
マリアが忌々しそうに言うと、ネルがため息交じりに言った。
「マリアさん。わたしたちも好き好んで、こんな商売をやっているわけではありませんのよ。一日、一日、生きるのに必死なのです」
「まぁ……なんだ、その……」
正面きって抗議をうけて、マリアがめずらしくしどろもどろになった。雰囲気がわるくなりそうだったので、セイはなにか言おうとしたが、ふいにあたりの臭いが変化したことに気づいた。
「みんな、気をつけて。敵の臭いがする。仕掛けてくるよ」
「あぁ…… 邪魔者の登場の味がするな」
そう言ってマリアが指先をぺろりと舐めると、エヴァがそれに続いた。
「はい。邪魔者の色が漂って見えます」
「では皆様方、お気をつけください。今度の敵は前回より手強いかもしれません。たぶんわたしたちを邪魔だてするのはブラム・ストーカー様の創造物でしょうから」
「スピロ! まさかドラキュラなのかい?」
「お姉さま、だったら、楽勝なんじゃないかい。ドラキュラって血を吸うだけなんだろ」
「ゾーイさん、原作のドラキュラは、オオカミやコウモリに変身しますわよ」
「それなら、もっと楽勝じゃないのかねぇ」
ゾーイの感想にエヴァが異議を唱えた。
「そうですか? わたしは等身大のコウモリは……できれば勘弁願いたいですがね」
「そうか? エヴァ。オレは『G』でなきゃ、なんに変身されて……」
ドスン!
重々しい音がして、地面がゆれた。
アニー・チャップマンがむかっていった通りの方角だった。
数十メートルむこうの街路になにかが突き立っていた。人間の背丈ほどの物体。それが道路にめり込んでいた。
毒々しい赤色——
その物体から湯気のようなものがあがっている。
「あ、あれ、なんですの?」
不安げにネルが声をふるわせた。ゾーイが啖呵をきる。
「ネルさん。心配しないでおくれ。あたいらが守るからね」
その赤い物体がゆっくりとたちあがった。
それは筋骨隆々とした裸の男に見えた。
だが、その体躯は3メートルほどもあった。




