第197話 第2の犠牲者 アニー・チャップマン
ホワイトチャペルから1キロも離れているというので、セイはすこしはマシな場所なのではないかと期待していたが、すぐにそれは裏切られた。
ハンバリーストリートは、判を押したようにおなじ建物がひしめきあう場所で、ホワイトチャペルとちっとも変わらなかった。ただちょっとマシなスラム、というだけだ。
「なによ。ウエストエンドの方角だから、すこしはキレイだと思ってましたのに」
マリアよりも先にエヴァが音をあげた。
「は、エヴァ。この街をずっと見てきただろうが。イーストエンドは、イーストエンドなのさ」
マリアがからだをぶるっと震わせ、服の前身ごろを掻き合わせた。
たしかに寒いな——
まだ9月の初旬だったが、昼間でも摂氏15℃程度しかない。夜中の2時ともなると10℃程度なのだから当然だ。セイは行動を促した。
「さて、スピロ。どこへ行けばいい?」
「ドーセット・ストリートの簡易宿泊所にむかいます。そこがアニー・チャップマン嬢が目撃された最後の場所なのですから」
セイたち一行は目的の簡易宿泊所を見つけると、玄関口からなかをそっと覗き込んだ。
玄関口にあるフロントに、ふくよかな女性が立っていた。管理人となにやら話し込んでいた。
「アニー・チャップマン嬢です」
スピロが言うと、ゾーイが不思議そうな顔をした。
「お姉さま。アニーさんは47歳だって聞いてたけど、もっと年喰ってみえるねぇ」
「ええ、ゾーイ。彼女はアルコール中毒と肺結核のせいで、10歳くらい老けてみえたそうです。検死を受け持った医師は、殺されてなくても、そんなに長生きできなかった、ということばを残しています」
そう聞かされて、セイはアニー・チャップマンをまじまじと見つめた。身長は150cmくらいだろうか。高く通った鼻のせいで、目鼻立ちがすっきりとしていて、褐色の縮れ毛が印象的だった。
アニーが玄関口のほうへむかってきた。セイたちはあわてて、玄関口から離れると、ビルの陰に身を隠した。
玄関から出て行こうとするアニーに、管理人が声をかけることばが聞こえた。
「アニー、泊まる気かい。もしそのつもりだったら、ちゃんと宿泊代払ってくれよ」
「ティモシー、いまお金がないのよ。すぐに戻ってくるから、ベッドを空けておいてちょうだいな」
アニーは簡易宿泊所の玄関からでてくると、迷いもなくそそくさと大通りのほうへむかおうとした。
「やあ、アニー、こんな時間にどこへ?」
夜警とおぼしき男がアニーに声をかけた。




