第190話 『慈善事業』とやらでぜひ力になってやってくれ
「第一発見者だったのですか?」
「ああ……、どうやらそうらしい」
セイはおどろいて、スピロと顔をみあわせた。
「そんときゃ、またそんな与太話をと思ってたが、そのあと、あの騒ぎだろ。ここんとこ連日、新聞に書きたてられて、オレも驚いてンのさ」
「その同僚のチャールズ様という方は今、どこに?」
「今日も休みだよ。ここんとこ、ロンドン警視庁で聴取に呼ばれててね。なにせ第一発見者だからね。まぁ、そんなことがあったから、日にちは間違えてねぇんだ」
「それでクロソフスキー様をみたのは何時ごろでしょう?」
「夜中の2時ごろにパブで見かけたのさ。オレはあいつのところで、髪を切ってもらってンで、顔はよくおぼえてンのさ。まぁ、おおかた娼婦でも物色してたンだろうな」
「パトリック様、あなたはなぜそんな時間にパブに?」
「は、こんな仕事してんだぜ」
パトリックが肉切り包丁を掲げてみせた。
「すこしくらい酔いがまわってねぇと、仕事なんかできやしねぇだろ」
「パトリック、やっぱり飲んでたんだね」
ピーターがうんざりした表情で言った。
「そりゃそうさ。おまえだって、こんな仕事をしてたら、おなじようになるさ」
「昔、手伝ったことあるけど、酒なんかの世話になんかならなかったよ」
「ああ、そうだったな。ピーター、おまえ、けっこういい腕してたな」
「あんまりにも稼げないから、もうたくさんだけどね」
そう言うと、ピーターはスピロにむかって「もう戻ろうぜ」と退室をうながした。
それにしたがってスピロは踵をかえしかけたが、パトリックが手を前に差し出しているのに気づいた。スピロが近づくとパトリックは耳元で囁いた。
「ああ言ってるが、あいつは、ストリートのちびっ子の世話のために、仕事をやめたんだ。あんたらカネもってるンだろ。いまはやりの『慈善事業』とやらで、ぜひ力になってやってくれねぇか」
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「これでクロソフスキーを容疑者から外せなくなりました」
ピックフォード社の肉解体工場をでたところで、スピロはセイたちに言った。
「そいつにぼくらがはりついていてもいいぜ」
ピーターが手を出しながら、上目遣いに言ってきた。
スピロはすこしだけ申し訳なさそうにして、エヴァのほうに目をやった。エヴァはそのために連れて来られたのを覚悟していたので、なんのためらいもなくピーターの手のなかにコインをおいた。




