第182話 ウィリアム・ガル医師へ会いに行く2
「ジョゼフ・メリック……、エレファントマンだよ」
エレファントマン——?
セイはその奇妙なネーミングに心惹かれたが、その名前に覚えがなかった。おもわずスピロのほうへ目をむける。
「そうですわね。わたくしたち世代は、この映画を知らないかもしれませんね」
「映画?」
「はい。彼の一生は映画や戯曲になっているのです。一時期、歌手のマイケル・ジャクソンが遺骨を買おうとしている、と話題になったこともあり、年配の方なら知らない人はいないのでしょうけどね」
「でも、エレファントマンって…… 人間……なのですか?」
エヴァがおずおずと尋ねた。
「ええ、悲しいことにね……」
「ジョゼフ・メリック氏は、幼少の頃、あらゆる骨に瘤が突きだし、からだはいびつに歪み、皮膚がぶ厚く膨れあがる奇病におかされました。そのあまりに醜い容姿に『エレファントマン』と名付けられ、見せ物にされた人間です」
セイはメリックの容姿を聞いても、その人がどんな姿をしているのか、想像すらできなかった。だが、それを語るスピロの口調は、みずからもメリックとおなじ障碍者であることを、まるで自分にいい含めているように感じられた。
この世界ではセイたちとおなじ健常者としてふるまっていられても、現実に戻れば自分ひとりではなにもできない。
スピロの苦しみはいかばかりかりだろうか?
知らなかったとは言え、スピロにエレファントマンの話をさせてしまったことは、申し訳なく思った。が、セイはスピロという人間が、そんなことでくじけないと信じていた。
「たぶん、そのメリックさんというひとはすごいひとなんだろうね」
エヴァがキッときびしい視線をむけてきた。セイを非難するような目つきだ。
当然の反応だとも言えた。
配慮に欠けることを口にしている、と受け取られてもしかたがない。
スピロはくちもとを緩ませた。
「ええ、すごいひとだと思っております。わたしくは昔から、個人的にたいへん興味をもっていました」
「簡単には会えないんだろうな」
「たぶん。ですがもし会えたとしても、今回の切り裂きジャック事件と無関係なことに、無駄な時間は裂くのは気が引けます」
「もしよければ……」
それまで傍観者然としていたリンタロウが、ふいに口をひらいた。
「小生が日本国陸軍のつてをたどって、みることにしましょう。保証はできませんけどね……」
「そのエレファントマンという男の症状は、細菌学的にも大変興味があるし、小生としても帰国を遅らせている手前、相応の手土産も欲しいところですしね」




