第177話 コナン・ドイルのフーダニット1
「こちらになります」
コナン・ドイルに差し出されたのは一冊の本だった。
「お探しの図案が載っているところに、しおりをはさんでおりますわ」
「ほんっとうに、ありがとうございます。さすが『ザ・ウーマンズ・ワールド』ですよね、ぇ。どんな本でも揃ってるんですから」
コナン・ドイルがその女性にハグしかねない勢いで謝意を伝える様子を、オスカー・ワイルドが不思議そうな顔をして尋ねた。
「アーサー、それはなんだね」
コナン・ドイルは渡された本を、パラパラとめくってしおりのはさまれた場所を確認すると、ワイルドの方へむきなおった。
「ワイルドさん、勝手にお借りしてすみませんねぇ。実はね、あたしゃ、今回の事件でどーにも納得がいかないことがありましてね。それを確認したかったんです」
「なにが確認できたのかね?」
「あ、いや、ちょっと待っていただけますか?。その前にあたしもみなさんと同じように、切り裂きジャックの正体について、ひとこと言わせて下さい」
コナン・ドイルの態度は、ポジティブで気概を感じさせた。スピロがからだを前にのりだした。
「コナン・ドイルさま。それは興味深いですね」
「あたしゃね。この事件の犯人ってのは、多重人格者や、性的未熟者や、血肉を求める異常者やその他もろもろ言われてきましたが、そー言った個人の犯行じゃない可能性もあるんじゃないかって思えてならないんですよねぇ」
「個人じゃない? では、ミスター・コナン・ドイル。あんたは組織犯罪かなにかとでも言うのかね?」
フロイトが疑心をまるだしの口調で訊いた。
「ええ。そーなんです。あたしにはこいつは個人の犯行に見えて、得体のしれない巨悪がうしろで糸をひいているように感じてるんです」
モリアーティ教授のような——
セイの口からそのことばが、つい飛び出しそうになった。
スピロのほうを見る。スピロはコナン・ドイルをまっすぐな目で見ていて、こちらの視線には気づかない。しかたなくエヴァとマリアのほうへ目をむけると、マリアが口のうごきだけで『モリアーティ』と、伝えてきた。
どうやらふたりとも、セイとおなじことを考えていたらしい。
「おかしいと思われるでしょう。しかしですね、そう思ったのは、みなさんも昨夜襲われた、あのバケモノを見たからなんですよぉ」
コナン・ドイルは冷やかな反応を無視して話を続けたが、ゾーイが口をはさんだ。
「コナン・ドイルさん。あれは悪魔のヤツがあたいたちを邪魔だてするため、送り込んできただけで、犯人にはまったく関係ないんだよぉ」
「ゾーイさん。そりゃ、わかってるんですよ。ただ、なんの因果関係もなく、あんな姿をしているわけじゃないってことも、エヴァさんに聞いてるんですよぉ」
とたん、一斉にエヴァへ視線が集まった。
エヴァは一瞬だけたじろいだが、肩を大袈裟にすくめてみせた。




