第176話 オスカー・ワイルドのフーダニット4
「じゃあ、なにものかが、ロンドンの浄化などという『神の啓示』を受け、娼婦をその腐敗の象徴と見立てて、殺していったという可能性は捨てきれねぇんだな」
スティーブンソンが忌々しそうに言うと、マシュー・バリーが肩をすくめた。
「ひとを殺すことで、このロンドンを自分の意のままに変えよう、などという思考が、すでに常人の者ではないな」
オスカー・ワイルドはひとりで合点したようにうなずきながら言った。
「だが、ときに妄執は、世の中を変える力がある。ダーウィンの進化論、ガリレオの地動説しかり…… われわれ、物書きも、文章の力で世の中を変えようとしている、妄想にとりつかれている輩ではないかね」
「まぁな。ペンで世の中を変えようとすることと、ナイフでそれをなそうとしていること…… 似て非なるが、ちがうともいいきれんな」
「きわめて荒っぽいが、外科的な手法で、強制的に排除しようとしているのかもしれませんね」
「では……」
スピロが口をひらいた。
「切り裂きジャックというのは、力の誇示によって現状を都合よく変革……いえ、ねじ曲げようとする一種の狂人、という犯人像が浮かんできます」
「なんだよぉ。結局犯人像はぜんぜん、絞り込めなかったじゃねぇか」
マリアが吐き捨てるように言った。
ワイルドの分析で一同の犯人分析の談義は、ひとまわりした。
そういう空気が室内に感じられた。フロイトは手にしたメモ帳を閉じ、スティーブンソンはあたらしい煙草に火をつけた。
ふいにオスカー・ワイルド言った。
「ふむ。わたしの書こうとしている『ドリアン・グレイの肖像』は、エイブラハムの『ドラキュラ』と、裏表の関係にあるのかもしれないな」
「オスカー。それはどういう意味だ?」
「吸血によって人間ならざるものに変貌し、それが次々と広がっていく『ドラキュラ』への恐怖は、この国でたびたび流行する、ペストやコレラ、梅毒のような感染病……」
「だが、わたしの『ドリアン・グレイの肖像』の恐怖は、おのれの不安やうしろめたさを弱者になすりつけて、自分の安寧や繁栄を享受することへの、倫理的なあさましさ……」
「この事件が歴史的な事件となったのは、世紀末の獏とした不安のさなかに、突き立てられた、鋭い刃だったからかもしれん」
そのときノックの音がして、先ほどセイたちをこの部屋に案内してきた女性が入ってきた。
「コナン・ドイル様。先ほど頼まれておりましたものをお持ちしました」




