第175話 オスカー・ワイルドのフーダニット3
ワイルドの問いかけに、ウエルズはばつがわるそうに口ごもりかけた。
「はい……、まぁ……よくわかります。実際、自分は先ほどワイルドさんが言及された『社会主義運動』に傾倒していて、ジョージ・バーナード・ショーという友人に『フェビアン協会』への入会を勧められています」
「ジョージ・バーナード・ショーね。彼は僕とおなじアイルランド出身だと聞いているが、彼は評論家だろう。美術や音楽に造詣が深いようだが、それだけの人物なのではないかね」
ワイルドがすこし小馬鹿にした口調で言った。その言い方が気に入らなかったのだろうか、スピロがすぐさま意見した。
「ワイルド様。バーナード・ショー様は現時点ではまだ無名ですが、数々の戯曲をものにされてノーベル賞まで受賞されるのです」
「ノー……ベル賞? それはなにかね?」
「ああ、申し訳ございません。この賞は20世紀になって創設されるものでした。ですが、バーナード・ショー様は20世紀を代表する劇作家になる方です」
「ふむ、スピロ。君がそういうから、そうなのだろう。で、ウエルズ君、話を続けたまえ」
「あ、はい。自分は『土地・資本・技能における比較優位から得られる超過利潤は社会的に共有されるべき』というフェビアン協会の『綱領』が魅了されました。これがもし実現されれば、イースト・エンドのような極端な貧困のかたよりは解消されるのではないかと思っているんです……」
「心霊主義的で恥ずかしいのですが、ある意味で『神の啓示』とすら考えていて……」
「いいや、そんなこと、恥ずかしがっちゃあ、いけません」
ウエルズをすぐさま擁護したのは、コナン・ドイルだった。
セイは彼が『心霊主義』にかなり心酔していたことを思い出した。スピロに聞いた話では、後年『心霊現象研究協会』に入会し、心霊主義布教のために尽くしたらしい。
コナン・ドイルの心霊写真も残っているし、妖精のねつ造写真を本物だと言って、大恥をかくような事件もおこしていたが、晩年、体調が悪化するなか、無理をおして心霊主義布教のために尽くした、と知っていれば、その反応は当然だろう。
「神の啓示……ですか……」
ぼそりとスピロがつぶやいた。
「そう言う連続殺人事件もあることはあるんです——」
「切り裂きジャックになぞらえられて、|ヨークシャーの切り裂き魔と呼ばれたピーター・サトクリフは、5年間にわたり、娼婦を13人殺害しました。
その手口は背後から鈍器で殴りつけ、ナイフでめった刺しにするという残虐なもの——
彼は自分自信を『内に秘めたこの天才を解き放てば国を揺るがし、その精気は人間すべてを圧倒する。この男を眠らせるべきではない』と主張し、『神の啓示』を受けたと主張し続けました」
「神から…… 切り裂きジャックも、もしかしてそういう『啓示』を受けてるんじゃないでしょうか?」
ウエルズは賛同を求めたが、スピロは首をよこにふった。
「わかりません。マスコミからは、『目のくらむような狂気のエゴの発散』と痛烈に非難されましたが、精神異常をよそおって、罪を軽くしようとしたのではないか、とも言われています」
「んで、罪は軽くなったのかい?」
「いえ、結局、終身刑を宣告され、2020年獄中で新型コロナウィルスで死亡しました」




