第172話 ロバート・スティーヴンソンのフーダニット4
「は、なんだろうな。俺様の作品は文学だったはずだが、安っぽかったり、小難しかったりして、どうにも価値を貶められている気がするな」
スティーブンソンが苦笑した。
「なにをおっしゃるのです。スティーブンソン様。あなたの作品はミステリ小説ではなく、時代を背景にした文学でしょう」
スピロがスティーブンソンを正面から見すえた。
「はやりのダーウィンの進化論を逆手にとって、ハイド氏に『猿』のような容姿になるという、『進化』の裏返しの『退化』を連想させる変化を与えることで、ひとびとが潜在的にもっていた『恐怖』をあぶりだした。そしてこの産業革命において目をみはる速さで『進化』する、自分たちの生み出した『文明』を、いつか自分たちでコントロールできなくなるのではないか、という不安を代弁させているのですから……」
「くぅ、スピロぉ、うれしいことを言ってくれる。俺様はこの時代の評論で、これほど適確な評価をもらったことがないぜ」
「お褒めには及びません。あなたはこのタイトルに暗喩を潜ませていますよね。原題の「The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde」。JekyllもHydeも『y』を『i』に入れ替えることで、『KILL(殺す)』と『HIDE(隠れる)』が、浮かびあがります。ほんのすこしの掛け違いで、加害者でありながら、同時に被害者にもなる、という意味にもとれるように、仕組まれているのでしょう?」
「まいった。スピロぉ、感服だ。さすが未来からきただけはある。俺様はこれを聞けただけで、ロンドンにのこのこ舞い戻った価値があるというものだ」
「ふむ、ロバート。君を称賛するために、ここに呼んだわけではないのだがね」
オスカー・ワイルドが、あまりおもしろくなさそうに言った。
「だが僕は、構想中の『ドリアン・グレイの肖像』のなかから、犯人像のヒントを得ることができたよ」
「おそらくこのロンドンそのものに、ナイフを突き立てて浄化しようとするもの——」
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刑務所でジョン・ゲイシーの描いたピエロの絵画は連続殺人犯マニアには大変な人気があり、展示会が開かれたり、高値で取引されたりしている。著名人では俳優のジョニー・デップが購入して所有している




