第165話 マシュー・バリーのフーダニット3
「た、たしかに性的な未成熟者というなら、娼婦を目の敵にするのも納得がいきますね」
オスカー・ワイルドが咽喉をいくぶんひくつかせながら言うと、ブラム・ストーカーが賛同を口にした。
「そうだな。もっとも子供らしくない行為をするのが、彼女たちの生業なのだしな」
ブラム・ストーカーのことばは、チカチーロの殺人の話にショックを受けたままだったせいか、やけに上滑りして聞こえた。
「ですが、そうなると具体的には、どんな人物になるのだろうかね」
マシュー・バリーが問いかけると、あうんの呼吸でコナン・ドイルが答えた。
「そ、そりゃ、娼婦でも相手にしたくないような醜男じゃないですか?」
「アーサーぁ。貴様、娼婦を買ったことねぇだろ。あいつらは金になれば、不細工とかどうとか関係ねぇよ」
「ス、スティーブンソンさん、なんてぇことおっしゃるんです。少年や少女がいる前でぇ。そりゃ、あたしゃ、そんな女に手をだしたことなんか、ありゃしませんよ。だいたい、あたしにはルイーズっていう妻がおりますからね。し、娼婦なんぞに興味はありませんよ」
「ミスター・コナン・ドイル。あんたの話はどうでもいい」
フロイトが下世話な話になるのを嫌ったのか、おおきめな声で断じると、すぐにスピロのほうへ問いかけた。
「ミス・クロニス。もし犯人が娼婦に恨みをかかえた性的未熟者だとして、それはどのような精神分析がされるものだろうか?。教えてほしい」
「そうですね……」
スピロはすこし考えてから言った。
「アメリカの連邦捜査局のリポートでは、シリアル・キラーと呼ばれる連続殺人鬼の動機はおおまかに4つにカテゴライズされるそうです。
ビジョナリー(幻想)
ミッション系(使命感)
快楽主義者
力の誇示
もちろんこれらの動機はオーバー・ラップすることが多いのですが、犯人が性的未熟者だとすれば、動機は『力の誇示』。男としての『力』をうしなったことで、傷ついたプライドを『殺人』という力を誇示することで、快楽を得ようとしているのでしょう」
「なるほど。その『FBI』なる聞き慣れない機関の分析が、いかほど信頼できるものかわからんが、興味深い分類であるのは確かだ」
フロイトはそううなずいたが、聞いたことのない団体の分析を、うのみにしてなるものか、という納得のいかない顔をしていた。
しかたがない。
この1888年現在では、『FBI』など影も形もない組織なのだから——
スピロは続けた。
「被害者に対してじぶんの力を誇示することで、おのれの異常な欲望を満たす『自尊欲求の充足』タイプのシリアル・キラーはとくに、被害者の装飾品や遺体の一部を、戦利品や記念品として保管している、と言います」
「なんと。それなら、切り裂きジャックは、まさにその条件に合致するではないかね。ヤツは遺体の一部を切り取って持ち去っているのだよね」
フロイトがポンと手をうちあわせた。
「はい。一部は未遂に終わったものもありますが……」
「待ってくれ」
エイブラハム・ブラム・ストーカーがしずかに、しかしながら重々しく口をひらいた。
「ことはもっと単純なのではないかね」
「ブラム・ストーカー様。どういうことです?」
「ヤツは、ただ血を見たいだけなのではないか。血を見ることで快楽を得ようとしている……」
「切裂きジャックとはそういうヤツなのではないのかね?」




