第163話 マシュー・バリーのフーダニット1
「もしかしたら、性的に未熟な人物ではないだろうかね?」
そう言ってジェームス・マシュー・バリーは、からだを前に乗りだした。
「ボクが近い将来執筆する『ピーター・パン』という戯曲の内容を、スピロ君から教えてもらったのだが、その構想をめぐらせているときに、ふとそういう犯人像が浮かんできたんだよ」
「ジェームス。あたしもその戯曲のあらすじを聞かせてもらいましたがね。そのピーターパンっていうのは子供でしょう。子供を性的に未熟な人物に結びつけるのは、短絡的じゃあないかねぇ」
コナン・ドイルのがまぜっかえしてきたが、マシュー・バリーは冷静に応じた。
「アーサー。この作品がぼくが書いたものだとしたら、この子供というはなにかの暗喩であるはずなんだ。ピーター・パンは子供たちを『ネバーランド』という楽園に誘うけど、おとなになることを禁じている。なぜか?。気の合う仲間同士なら、おとなになっても友情は続くだろうし、年齢なりの楽しみかたも変わってくる。そんな一方的なルールをしいられても、仲間が従えるはずがない……」
マシュー・バリーはまわりの面々をみまわして言った。
「だけど、ピーターパンには仲間の少年に、おとなになられては困る理由があった……と考えると合点がいくんだ」
「まぁ、作者の……このあと作者になるジェームスが、そういう解釈なら、まぁそうなんでしょうけど……」
コナン・ドイルが不満そうに声をひそめると、フロイトが声をあげた。
「ミスター・バリー。その『ピーター・パン』という作品に、わが輩は興味はありませんが、性的な未熟者、という犯人像にはたいへん興味をひかれましたぞ。つまり切り裂きジャックは、女性に対する『コンプレックス』から犯行に及んでいる、ということですな」
「コンプレックス? ドクトル・フロイト、それはどういう意味です?」
ワイルドが興味深そうに尋ねると、フロイトは相好を崩した。
「あ、いや、これは失礼。『コンプレックス』とは、わが輩が、共同研究をしているヨーゼフ・ブロイアー氏とともに提唱している精神医学用語でね、衝動や欲求や観念などのさまざまな心理が、無意識のなかで複雑にからみあって形成された心理のことなのだよ……」
「ふだんは意識下に抑圧されていて、本人も気づかないが、その感情の複合体が無意識のなかで、ひとの嗜好や行動に影響するという心理のことをいうのだ」




