第157話 コナン・ドイル、マシュー・バリー疲れ切る
ミアズマに邪魔だてされることは、計画のなかに織込み済みだったが、自分の指先ですら見えなくなるようなあの靄は計算外だった。
すくなくとも文士連中が、切り裂きジャックを目撃するくらいはできる、と考えていただけに、無念の思いだけが募る。
そのとき、上空から呼びかける声が聞こえた。
「スピロさん」
見あげるまでもなく、エヴァだとわかった。
「エヴァ様、よくぞネル様を守っていただけました。おかげでセイ様は最後まで力をうしなうことなく戦い抜けましたぁ」
「犯人は……、切り……、いえ、シリアル・マーダラーはどうなりましたの?」
「残念ながら、だれも目撃することはできませんでした」
空にむかって大声をあげたせいで、まわりにいた文士たちが、ふたたびばつの悪そうになったのがわかった。
顔をそらしたり、うつむいたりしている。
「おい、おい、こんだけいて、だれも見てねぇってどーいうことだ」
寄宿舎側の道路のほうから、追い討ちをかけるような怒りの声があがった。こちらも見なくても、マリアが戻ってきたとすぐにわかった。
「オレがどんだけあのバケモノ、斬りまくったと思ってる」
マリアはまだおおきな剣を手にしていた。もうミアズマが襲ってくるはずがないと、わかっているはずだ。
「あら、あら、マリア様、まだ斬りたりないようですね」
「斬りたりないってことはねぇ。ただ斬りごたえがなくてな。低級悪魔どもは、数さえだせばいいと思っているからな」
そう言いながら、背中の鞘に剣をおさめた。
そのうしろから、ふらふらとよろめきながらコナン・ドイルとマシュー・バリーが姿を現わした。ミアズマと戦ったはずはないのに、息も絶え絶えで、やたら疲れて見える。
「コナン・ドイル様もマシュー・バリー様も、どうされたのです?」
だがふたりから返事はなかった。
背中で息をしているような状態で、吐く息に音を乗せる余裕などないという感じだ。
「は、ミアズマのあいだを走って抜けてきただけだよ!」
マリアが吐き捨てた。
「そうですか。で、アーロン・コスミンスキー氏は部屋にずっといたのですか?」
「いいや、部屋はもぬけのからになってたよ。このふたりがふたりで大学の先生の話で盛りあがってる隙にな」
マリアが親指をたてて、背後のふたりを指し示しながらそう言うと、コナン・ドイルとマシュー・バリーがつづけざまに抗議の声をあげた。
「マリアさん、はぁ、そりゃ、ないんですかねぇ。あなたも、はぁ、ずっと見張ってたんですよ。はぁ、ちょっと昔話に花を、はぁ、さかせていただけで……」
「そ、そうですよ、はぁ、はぁ。話してるあいだも、目は離してませんから」
「コナン・ドイル様、マシュー・バリー様、わかりました。無理をなさらぬように」




