第23話 このままではセイさんが殺されてしまいます
牢屋の小窓から、試合の状況を注視していたエヴァは目を疑った。
布をまきつけてケラドゥスの剣先を封じていたはずのセイが、一瞬の隙にそれを解かれてしまったのだ。即座にケラドゥスの剣先がセイの首元にあてがわれる。セイはその場に膝をついたまま、為す術もなくその場に座り込んでいた。
セイの首をいつでも刎ねられる体勢のまま、ケラドゥスがバルコニーのほうへ手をあげた。観衆の狂ったほどの興奮が一気にはじけたかと思うと、すぐさまその感情は残酷な期待へと形を変え、ケラドゥスが見つめるバルコニーへと押し寄せた。
ふたたび観衆が足踏みをはじめると、皇帝の審判を期待する声がおおきく広がりはじめた。その口の端にのぼる『皇帝』という掛け声とともに、人々はすでに親指を下に突き立てる仕草をしている。
「マリアさん。大変です、このままではセイさんが殺されてしまいます」
エヴァはこの異様な雰囲気に呑まれている自分がいるのに気づいた。すでに結末は決まっていて、助かる選択肢は最初からないとしか思えない。小窓の鉄柵を握りしめている手のひらには、いつのまにかじっとりと汗がにじんでいる。
だが、マリアはそんなこちらの焦りなどはまったく気にかけてくれなかった。自分の足元近くで、横になったまま退屈そうにしている。
「エヴァ、案ずるな。セイは問題ねぇって」
「なにを言うんです。セイさん、剣闘士のチャンピオンに剣を突きつけられてるんですよ
「エヴァ。まだ言うか。あいつはなにか企んでいるんだよ。なにかをな……。でもなんだ?、なにかを待ってるのか?」
「あ、ほら、皇帝がでてきました。あのでっぷりとした男、たぶん皇帝ネロですわ。あの男に親指を下にむけられたら……」
「それだ。あいつの目的はこれだ!」
マリアが弾けるように飛び起きた。
「なんですか!」
「オレたちは皇帝ネロの顔を知らねぇ」
マリアが外壁の小窓にがっとしがみついて、バルコニーを見た。円形競技場の観衆たちの連呼に応えて、おずおずとバルコニーに太った男が現れた。
「セイは待ってやがったんだ。ネロが姿を現す瞬間をな」