第154話 第一の犯行現場バックス・ロウ
ひとだかりができていたのは、その厩舎のゲート前だった。
その中心ではアバーライン警部補が、あつまった警察官たちに指示を与えていて、あたりはあわただしさに包まれていた。
そして警察たちをとりまくように、集まったやじ馬のなかにワイルド、スティーブンソン、リンタロウが、すこし離れたところにフロイト、ブラム・ストーカーそしてH・G・ウェルズまでもが揃っていた。
セイたちをすぐに見つけたのは、ウェルズだった。彼はこちらの姿を見るなり、こちらに駆け寄ってきて言った。
「セイさん、スピロさん、ダメでした。ニコルズさんへの凶行は防げませんでした」
犯行現場にちかづいていくと、モリ・リンタロウが深々と頭をさげてきた。
「スピロさん。大変申し訳ない。ニコルズさんの尾行をまかされていたのに、犯行をふせげなかった」
一緒に行動をともにしたワイルドもスティーブンソンは、居心地悪そうにリンタロウのうしろで顔をふせていた。スピロは彼らを無視するように、リンタロウの手にある角灯を受け取ると、アバーラインのほうへ近づいた。アバーラインはスピロたちの姿に気づくと、くちびるを噛みしめて、悔しさをにじませたような顔をしてみせた。
「セイさん、スピロさん。あなたがたがおっしゃったように、事件は起きてしまいました」
「アバーライン様、切り裂き……、いえ、犯人の目撃者はいましたでしょうか?」
アバーラインは力なく、首を横にふった。
「残念ながらいまのところは……。今、捜査員に現場周辺への聞き込みにあたらせています。もしかすると、目撃者……、あるいは犯人にいきあたるかもしれません」
「わかりました。ニコルズ様の遺体を拝見してもよいでしょうか?」
「ええ、もちろんです。ただもうすこししたら、検死審問担当がロンドン警視庁から到着します。それまでなら……」
スピロはそれほど時間がないと察した。無言でうなずくと、犯行現場のほうに近づいた。




