第152話 セイの攻撃はまさに旋風のようだった
スピロにとって、力を持ったセイに守ってもらうということが、これほどこころづよく、そしてこんなにも無力感にとらわれるものだ、とは思いもしなかった。
セイの攻撃はまさに旋風のようだった。
一陣の風を顔に感じたかと思うと、ミアズマが宙に舞っていた。
そして一瞬のうちに切り刻まれている。これがどうじに何十本もがふるわれるので、まるで嵐が瞬時に過ぎ去ったかのようだ。
それだけではない——
セイはミアズマを討ち取りながら、何本かの剣をスピ口のまわりに浮遊させ、盾のようにして守りも固めてくれているのだ。
狭い路地での戦いはギリシアの時のように、一撃で何百、何千も倒すということはかなわないが、セイはじつに適確かつ丁寧にミアズマをしとめていた。
とどめを刺しそこねてピンチを招くようなまねなど、、おのれに絶対に許さないという不退転の意志をかんじる。
自分が鉄壁に守られてる安心感も手伝って、スピロは目の前のセイの戦いに見惚れていた。
だがスピ口はそのなかでも、目の端にわずかな異変をとらえた。
靄が薄れている——?。
さきほどまでとちがって、見通せる距離があきらかに長くなっているし、空にはうっすらだが、朝日の光がさしこみはじめている。
「セイ様!。 霧がはれてきています。どうやら事態が動いたようです」
「ああ、スピロ。そうだね。こちらもミアズマが撤退しはじめてきているんだ」
「すでにメアリー・アン・ニコルズ様の事件の時間はもうすぎています」
「犯行は防げたってことかい?」
「それはわかりません。もし防げたとしても切り裂きジャックをつかまえるか、犯人を特定できていなければ失敗です」
セイは目の前にいたミアズマを一閃して倒すと、こちらへ駆け足で戻ってきた。
「スピロ、犯行現場へ急ごう」
そう言うなリ、セイはスピロの手を有無を言わさずつかんで駆けだした。
突然手をとられてスピロはとまどった。
セイの手のひらはすこし節くれ立って感じられた。でもそれは指の付け根、指尖球と呼ばれる部位にできた、たこの盛りあがりのせいだとわかった。あれだけ剣をふるったのだ。皮膚が硬くなるのも当然だ。
だがスピロはうれしかった。
ちょっぴり武骨を感じるセイの手から、自分を守ってくれる『男』の息吹を、こんなにも直接感じ取れているのだ。ひとの前世の記憶のなかという一種のヴァーチャル世界とはいえ、こんなにも多幸感にひたっていいのか、とつい自問自答してしまう。
いや、現実の我が身を考えたら、望んではいけないのではないか、とさえ思う。
「スピロ、怖くなかったかい?」




