第139話 オスカー・ワイルド、ピーターに切れる
「ふむ、リンタロウ。君は腹が立たないのかね」
「ワイルドさん。この子はふつうの子供よりすこし早熟なんです。小生もおなじタイプだったからわかります。小生なんぞは、すこしでもはやく大学にはいりたくて、2歳年齢をごまかして、12歳で『第一大学区医学校(現・東京大学・医学部)』の入校試問をうけましたからね」
「12歳で大学かね。リンタロウ、貴様、なかなか優秀だったのだな」
スティーブンソンは感心しておおきくうなずきながらも、ピーターへの文句を続けた。
「ピーター、貴様はもしかしたら、リンタロウの言うように早熟なのかもしれん。だがおとなをからかわんことだな。だいたい、貴様のような子供が路上をうろついていい時間でも場所でもない。さっさと家に帰って寝ろ!」
ピーターはスティーブンソンを正面から見すえながら、指を曲げて地面を指さしてみせた。
「ここだよ」
「ここ?。ここってなんだ?」
「スティーブンソンさん、ここがぼくのねぐらさ」
「ピーター、そりゃ、どういう意味なのかい?」
リンタロウが目をまるくして、ピーターに尋ねた。
「いやだなぁ。ぼくは『ストリート・チルドレン』だぜ。家どころか、定宿すらありゃしないさ」
「ふん、ストリート・チルドレンかね。じゃあ、路上で眠るしかないね」
ワイルドがいくぶん侮蔑の色をこめて言い放ったが、ピーターはわざとらしく驚いてみせた。
「まさか!。路上で眠るわけないじゃないか」
「な、なんだ、ピーター。やっぱりそうなんだ」
リンタロウがすこし安堵したように言った。
「だって、今は夜だよ。夜なんかに路上で寝てたら、警察官どもにしょっぴかれちまうよ。だからぼくらストリート・チルドレンは、夜は寝ないきまりなのさ」
あっけらかんとしたピーターのことばに、ワイルドとスティーブンソンは二の句が告げずにいた。リンタロウは目の前の少年を見つめていられなかったのか、目をそらすようにセイのほうに目を向けてきた。
セイは肩をすくめてから、ピーターに言った。
「ピーター、ここまでありがとう。あとはぼくらの仕事だ。きみはもうマイケルやジョンのところに戻ったほうがいい」
ピーターは握りしめていたコインを、手をひらいて確認した。
「そうだね、セイ。駄賃はたっぷりもらったから、今日のところはここで失礼するよ。またなにか用事があったら、ぜったい声をかけてくれよ」
「そうですね。ピーター様、あなたのお仕事には大変満足しております。もし困ったことがあったら、かならずお声がけします」
ピーターはいたずらっぽい笑みをスピロとセイのほうにむけて「かならずだよ!」というなり、ニコル・ストリートのほうへ駆けだしていった。




