第134話 フロイトとブラム・ストーカーのドラキュラ談義2
だが、シッカートの部屋が覗ける部屋に戻ってくると、張り込みもそこそこに、ふたりは世間話や学問談義に夢中になっていた。
しかたがないので、ゾーイはふたりを無視してシッカートの動向に、ひとりで注視することにした。
「フロイト先生、私は先日お話をきいた『精神分析』というのに大変感銘を受けまして、どうにか自分の作品に役立てられないかと模索しておりますよ」
「ふむ。ミススピロの話では貴君は、『ドラキュラ』とかいう吸血鬼の小説で人気を得るということだったね」
「えぇ。ですが、私はそれをただの三文小説にしたくないのです。『吸血鬼ヴァーニー』や『スウィーニー・トッド』のようなね」
「心配あるまい。ミススピロが100年後まで名を残す作品となると、言っておったのではないか」
「かもしれません。でも私はその作品をメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』やエドガー・アラン・ポーの『アッシャー家の崩壊』のような、格調高くロジックに富んだものにしたいのです。せっかくフロイト先生とお近づきになれたのですから、なにか閃きを得られればと考えております」
「おお、その心がけは見あげたものだ。で、ミスター・ブラム・ストーカー、貴君はなにを聞きたいのかね」
あからさまに持ちあげられて、気分よさげにフロイトは顔をほころばせた。
「そうですね。今回私たちは、女性を次々と毒牙にかける、卑劣な殺人鬼を追いかけていますが、たとえば血を吸うことで、ひとを人ならざる者へ変身させる吸血鬼は、どのような心理状態であると解釈すればよろしいでしょうか?」
「おい、おい、貴君は連続殺人鬼の心理状態をすっ飛ばして、架空のバケモノである吸血鬼の心理状態を教えろというのかね」
「ええ。厚かましいとは承知していますが……」
「よかろう。吸血鬼の精神分析をおこなってみよう……」
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三文小説
毎週1話ずつ1ペニーの価格で刊行され、探偵や犯罪者、または超自然的な出来事の悪用などを主題として、基本的にはセンセーショナルな内容が展開された大衆小説。1850年頃にはこのペニー・フィクションの出版社が100社ほどあった。




