第133話 フロイトとブラム・ストーカーのドラキュラ談義1
ゾーイはウォルター・シッカートの家を例の部屋から見張っていた。
すでに日付をまたいでいて、あたりは真っ暗になっていたが、シッカートの部屋はこの時間になっていてもまだ明かりがついていた。
驚いたことに、マリアやデュー刑事たちと一緒に、張り込みしていた昼頃とかわらない姿勢のまま、まだキャンバスにむかって絵を描いていた。
ゾーイはまるで既視感でも見ている気分だった。
「ふむ。ミススピロに言われて来たが、ここから見る限り、あの男に異常性は感じ取れんがね。まぁ、ここからでは表情はうかがいしれんが……」
ジークムント・フロイトがしたり顔でそう言うと、エイブラハム・ブラム・ストーカーが、シッカートを擁護するようにことばを添えた。
「フロイト先生。ウォルターは気むずかしいヤツでしたが、女性を無差別に殺すような男ではないと、私は確信していますよ」
「ふむ。一緒に仕事をしていた君がいうのなら、そうなのかもしれんな」
ゾーイはふたりの会話に耳を傾けながら、ここにいたった経緯を思いだしていた。
あのパーティーで出会った作家や医師たちは、スピロが作戦を語りはじめると、すぐに真剣なまなざしをむけ、ひと通り理解すると、口々に意見を述べあった。
最終的に決まったのは以下のような布陣だった。
格闘技の心得のある、コナン・ドイル、リンタロウ、そしてワイルドは、セイとともに被害者であるメアリー・アン・ニコルズを。
マシュー・バリーとスティーブンソンの二人は、マリアとともに容疑者のアーロン・コスミンスキーを。
H・G・ウエルズはホワイトチャペル駅で、乗降客にあやしい者がまぎれていないかをチェックする。
スピロはアバーラインの協力を仰ぎに、スコットランド・ヤードへむかったあとでセイと合流。
エヴァとネルはピストル・バイクで中空に退避、いざというときは遊軍として手助けする。
そして、ゾーイは、フロイトとブラム・ストーカーを連れて、ウォルター・シッカートを見張る役割を請け負う形になった。
「事件がおきるのは、ホワイトチャペル駅の裏側にあるバックスロウ、犯行時刻は午前三時頃です。それまでにシッカートさんがホワイトチャペル方面へ移動しなければ、ゾーイ、あなたはフロイト様、ブラム・ストーカー様を連れて、こちらへ合流してください」
そう言ってスピロに送りだされたが、正直、このふたりの相手をするのは、ゾーイにはなかなかに骨が折れる話だった。
ふたりとも犯行現場から離れた場所に配置されるのが、どうにも気に入らないのはあきらかで、道中も不満ばかりを口にした。




