第132話 これでなんとか悪魔に対抗できる
「まいったなぁ〜〜」
いつの間にか立ちあがっていたコナン・ドイルが、狭い部屋に居並ぶ錚々たる面々を見まわすと、腰を抜かしたように椅子にドンと腰を落とした。
「あ、いやぁ〜。まさか、本当に勢ぞろいするなんてなぁ……」
「これで人手に関しては、すこし心配がはれましたわ」
エヴァは胸をなでおろすように言うと、リンタロウは頭を掻いた。
「やれやれ、小生たちが心配するまでもなかったということのようですね」
そのことばにオスカー・ワイルドがおおげさに驚いてみせた。
「おやおや、リンタロウ。あなたも私たちと気持ちはおなじではないですか。この事件に興味があるから、帰国命令を引き延ばして、このロンドンに滞在し続けているのでしょう?」
「えぇ、まあ、オスカー。たしかにそうです」
「ふん、ミスター・ワイルド。物書きの好奇心ごときを押しつけられては困る」
フロイトが不満げな表情を浮かべた。
「ミスター・モリは医者なのだから、医学的な興味があるだけなのだよ。わが輩はこの連続殺人犯の心理への興味が押さえきれん。その心理をつまびらかにできれば、どれほど精神医学の世界にたいして貢献できるか……」
「いや、あたしゃ、医者ですが、そんな気持ちはこれっぽっちもありませんよ」
コナン・ドイルがちいさな声でささやかな抵抗を試みると、それに意見するように、だれもが口々に自分の主張を勝手に口にしはじめた。だれが、だれに語りかけているかわからなかったが、たちまち部屋はさんざめきはじめた。
スピロはそれぞれの主張をなんとなく聞いていたが、半開きのドアのむこうから、なかの様子をちらちら見ている人物を見つけて、すたすたとそちらに歩いて行った。
「どうされました。ウェールズ様」
ドアの陰から遠慮がちに顔をのぞかせていたH・G・ウェールズが、気おくれしながら言った。
「あは。いやぁ、こんなすごい人たちのなかに、自分みたいな学生は、気軽に入れやしないですよ。スピロさん」
「なにをおっしゃいます。あなたはこれらの方と充分肩を並べる文豪になるのですよ」
そう言うとスピロはウェールズの手をとり、室内に招き入れた。
すくなくとも人手をかき集めるために、奔走する時間ははぶくことができた。
スピロは悪魔に出し抜かれたなかでも、わずかばかりのアドバンテージを得た気がした。
その日の8時すぎになって、部屋をピーターが訪れた。
ふたりの所在をつきとめることができたということだった。
被害者のメアリー・アン・ニコルズ。そして容疑者のアーロン・コスミンスキー——。
上出来だ。
付け焼き刃的な対処であっても、これでなんとか悪魔に対抗できる可能性がある。
スピロは部屋のなかの人々を見わたして、作戦を話しはじめた——。




