第131話 文士たち再集結
遠慮がちのノックをしたのは、家主のターナー夫人だった。
「スピロさん、来客ですわよ」
「どなたでしょう」
「知りませんわよ。殿方たちが何人もきておりますよ」
「何人も?」
大家のターナー夫人はスピロに顔を近づけると、押し殺した声で、それでいて部屋中のみんなに聞こえる音量で言った。
「あーたたち、ここでいかがわしい商売をしているんじゃありませんよね」
スピロが返事しあぐねていると、階段をあがってきたその客人たちが、大家のうしろから、姿を見せた。
「やぁ、スピロどの。このオスカー・ワイルド、本日が待ち遠しくてしかたなかったよ」
いやにめかし込んだ服で現れた、オスカー・ワイルドがにやりと笑った
「待ち遠しい?。待ちかねたなんてもんじゃないぞ、オスカー。俺様は南の島の購入を延期してまで、この糞だめのようなロンドンに残っているんだよ。それもこれも『ジキル博士とハイド氏』以上の作品をものにできると思ったからだ。たのむから、無駄足に終わらせないでくれよ」
恨めしげに溜め息をつく、スティーブンソンを横目にしながら、フロイトが鼻を鳴らした。
「ふん。相変わらず金のことばかりかね。これだから文士というものは好きになれん。わが輩は純粋に、精神異常者による連続殺人の研究がしたいのだ。そのためにわざわざドイツから舞い戻ってきたのだよ」
「ロバート、フロイト先生のおっしゃる通りだ。ボクなんぞは、この未来人が告げた『ピーター・パン』なる作品のヒントのひとつでも、と思って参加している。あまり前のめりになってもしかたないさ」
マシュー・バリーがスティーブンソンを諭すように言ったが、ブラム・ストーカーが不満そうに、その大柄なからだを揺らした。
「ジェームス、あんた余裕だな。まぁ、流行作家さんだからな。だが、私のような貧乏劇団員は、そんなへらへらしてられない。この事件を通して一日でもはやく『ドラキュラ』なる作品のヒントを得たいと考えている。私はいつまでも妻フローレンスに肩身の狭い思いをさせたくないからね」
ブラム・ストーカーの決意のこもったことばに、オスカー・ワイルドが反応した。
「ほう、エイブラハム。それは健気な心がけだ。僕も微力ながらでも協力させてもらうよ。」
「オスカー、ありがとう」
スピロがみんなにことばをかけた。
「お待ちしておりました。皆様。来ていただけると思っておりましたよ」
実際にはうれしい誤算にちかいものだったが、そんなことはおくびにも出さず、しれっとその場の主導権を自分のほうへひきよせた。
「100年後まで名を残される文士や研究者が、これだけの事件に興味を惹かれないことなどないでしょうからね」




