第130話 武道の達人 森鴎外
「あたしもそれに含まれてますか?」
「当たり前だろうが。アーサー。真夜中の街を見まわろうかっていうんだ。ひとりでも頭数は欲しいからな」
「ええー、えーー。いや、嘘でしょ。だ、だってあのイースト・エンドでしょう。あんな物騒な街、あたしのような田舎モンにはちょっとハードルが高いですよ。しかも真夜中なんでしょう。まかり間違えてあたしがその『切り裂きジャック』に刺されたらどうするんです」
「心配すんな。切り裂きジャックは、男を襲わねぇんだ」
マリアはそうぶっきらぼうに斬って捨てたが、ドイルはおびえた様子でリンタロウに助けを求めた。
「そんなこと、わかんないでしょう。殺すのは女性でも、犯行を目撃されたら男、女関係なく襲いかかるでしょう。ねぇ、リンタロウさん」
いつものようにドイルがリンタロウに同意を求めた。
「いえ、小生のことはご心配なく。自分の身は自分で守れますので」
「そ、そりゃ、どういうことですぅ?」
「小生は津和野藩の『養老館』という藩校で、いろいろ武芸を体得しておりますゆえ、女性を殺めるような畜生を蹴散らすくらいぞうさもございませんよ」
「そうなんですかぁ……」
味方がいなくなってドイルの表情が、たちまち意気消沈していく。
セイはちょっとかわいそうだなと思いつつも、リンタロウの体得した武術に興味をひかれた。
「リンタロウさんは、どんなものを学ばれたのですか?」
「うむ。剣術、槍術、弓術、馬術、柔術などです。セイ殿はなにかやられてますか」
「ぼくはボクシング、空手、剣道、それにいくつかの外国の武術を……」
「ほう、すばらしいですね。小生はたしなむ程度で、それほど強いわけでは……」
リンタロウはそう謙遜したが、マリアが茶化すようにはやし立てた。
「うそつくな。リンタロウ。作家の太宰治がすげー強かったと、述懐しているぞ。50歳頃でも、軍隊の宴会などで無礼者には敢然と腕力をふるったってな」
「リ、リンタロウさん、そんなに強いンですかぁ」
コナン・ドイルが驚き半分、心細さ半分という口調で呟いたが、今度はそれにスピロが異論をはさみ込んできた。
「コナン・ドイル様。あなたも強いんじゃないですか。あなたスポーツ万能で、高校時代はクリケット部の主将をつとめてたそうですね。それに大学ではボクシングとラグビーをやっていた。しかもだれかれ構わず、試合をやりたがるほどだったと聞いていますよ」
「あ、いや、そうなんですが。あたしゃ、ナイフをもったヤツを相手にするほど度胸があるわけ……」
なおも弁明しようとしたが、リンタロウに力強く背中を叩かれて、ことばが尻切れになった。
「いやぁ、すごいじゃないですか。アーサー。その体格はなにかやっていると思いましたよ」
「勘弁してくださいよぉ。真夜中のイーストエンドで、ナイフ持った相手とひとりで格闘なんて、あたしゃごめん……」
コンコン——。
なおもコナン・ドイルは抗弁しようとしていたが、突然のノックの音にまた尻切れになった。




