第129話 悪魔のしかけたミスディレクション
さすがに想定しきれていなかった——。
マリアから報告を受けたスピロは、歯を軋ませる思いだった。
7月の終わりのパーティーから戻って一夜明けると、一カ月も過ぎているとは頭の隅に浮かびもしなかった。この悪魔を甘くみていたつもりがなかったが、こうもまんまと出し抜かれるとは予想外だった。
一足飛びに時間が跳ぶ『超跳躍』の経験がすくなかっただけに、そこをつかれたことに悔しさがつのる。
「たいへん申し訳ありません。完全に出し抜かれました」
スピロは部屋に集まった面々を前に、悔しさをにじませた。
「マーサ・タブラム嬢の事件が本来の歴史の犯行の日時よりも、10日ほど早まったという変化に完全にまどわされました。次の犯行もおなじくらいのスパン、前倒しされてくると予想して、早めに手をうったつもりでした」
それこそが、悪魔のしかけた『ミスディレクション』——。
「スピロ、きみの責任じゃないさ」
そうスピロをかばってきたのは、セイだった。
「ぼくらも全然気づかなかったンだからさ。いや、どこかで最低でも一週間以上余裕があるとさえ思っていた。だからスピロのとった作戦は、まちがいないものだったんだ。それだけ自信をもった作戦だっただけに『先送り』……『超跳躍』が起きているなんて気づかなかった……」
「あぁ、そうだな。オレも犯行を早めたのは、悪魔のヤツが焦っていると、すっかりたかをくくってた」
めずらしくマリアも反省を口にしたが、ゾーイは苛だつようにスピロに意見した。
「お姉さま。起きちまったことをあれこれ言っても仕方ないんじゃないかい。それよりすこしでもはやく今晩の対策を考えようじゃないか」
「そうです。犯行時間は真夜中の3時頃でしょう。まだリカバリできる時間は残されていますわ」
エヴァもゾーイに刺激されるように、前向きの意見を口にする。
「ええ、ゾーイやエヴァ様のおっしゃるとおりです。まだ半日あります」
「スピロ、なにか案はあるのかい?」
「はい、セイ様。今のところ所在があきらかになっているのは、ウィリアム・シッカート様だけです。シッカート様を見張る必要はありますが、今回はホワイト・チャペルの犯行現場付近に全員で分散して、凶行の瞬間を押さえるしかないでしょう」
「ピーターがだれかを見つけてくるかもしれない」
「見つかるとありがたいですが、とりあえずはここにいる全員で現場を見張るのが、一番近道でしょう」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ」
コナン・ドイルが調子っぱずれな声をあげた。
「ここにいる全員……って、あたしも含まれてます?」




