第125話 本物のデュー警部
「ロンドン警視庁の力を使えば、人を探すことなど雑作もないっすよ」
そう得意満面に胸をはる若い刑事にマリアは、すこしイラッとした。
「は、それが本業だろうがぁ」
「いやだなぁ、ぼくだからできたんですよ……」
「ぼくは今はコマーシャル・ストリート署にいますが、前はこのあたりの担当で、よく巡回していましたからね。けっこう詳しいンっすよ。だからすぐに見つけられたんです。すごくないですか?。そこんとこ、アバーライン警部によーく言っておいてくださいね」
マリアはすこしばかり鼻持ちならないその刑事の顔をみた。
1887年頃のウォルター・デュー
ウォルター・デュー(25歳)と名乗ったその刑事の、マリアの第一印象は『蛇』だった。落ちくぼんだ目や、ヘの字に曲がった口元がそう感じさせるのだろうか。うしろに思いっきり撫でつけ、額を強調した髪形も、その爬虫類的な印象に寄与しているのかもしれない。全体的に『ぬるん』として感じられるのだ。
実際の『切り裂きジャック』事件では、最後の5番目の事件で、担当刑事に加わることになるらしいが、それよりも後年、『ドクター・クリッペン』という偽装結婚殺人犯を逮捕したことで、名をあげる人物とのことだった。
「そんな優秀な刑事が参加していて、なんでジャックは捕まらなかったんだ?」
デュー刑事の説明を受けているとき、マリアはスピロにそう尋ねた。
「あら、マリア様、だれも優秀だなんて言っておりません。名をあげただけです。デュー刑事は犯人のクリッペンに妻の失踪について尋問したとき、男とシカゴに逃げたという証言を信じて疑いもしなかったそうですから」
「じゃあ、なんで犯人は捕まったんだ」
「このクリッペンが逃げたんです。愛人と一緒にね。まったくのマヌケでしょう。それでさすがに怪しいとデュー刑事が調べたところ、地下室の床下から死体を発見したんです。逃げなければ捕まらなかったそうですよ」
「だったら、スピロ。アバーラインに頼んでまで、なんでそいつを指名した?」
「まぁ、たんなる興味でしょうかね。ピーター・ラヴゼイの『偽のデュー警部』というミステリ小説のファンだったもので……」
マリアたちはウォルター・シッカートの部屋のなかが覗き見ることができる、二階建ての貸間長屋の一室に身を潜めていた。
そこはホワイト・チャペルからすこしだけ西に離れた、シティ寄りのオールドゲイトイーストという場所だった。
ゾーイがスピロからテレパシーを通じて聞いたところでは、切り裂きジャックの犯行と公式に認定されている、5つの事件の事件現場のちょうど中心あたりに位置しているということだった。
 




