第124話 優秀な刑事をつけてもらっています
「ひとりは被害者のメアリー・アン・ニコルズ、通称ポリー、そして容疑者のひとり、ポーランド人の理髪外科医アーロン・コスミンスキー(23歳)」
「あら、スピロさん。こっちは二人だけですの」
「ええ。ウィリアム・シッカートとセヴェリン・クロソフスキー、そしてモンタギュー・ドルトイットは、ゾーイとマリアさんのほうにお願いしています」
「あのふたりが探しだせるんですの?」
「エヴァ様、ご心配なく。あのふたりには、アバーライン様にお願いして、優秀……、まぁ、たぶん優秀な刑事をつけてもらっています」
「優秀な刑事……って、まさかゴードリーさんじゃないよね」
セイはスピロに念を押すようにして訊いた。
「まさか。セイ様、さすがにわたくしも、火に油を注ぐような人選はいたしませんわ」
「だよね。人捜しどころじゃなくなるだろうし」
「なんだよ。どっちかと言えば、そっちの三人のほうがありがたかったな」
セイたちの会話に割り込むように、ピーターが不服そうに言った。
「ひとり頭、2ポンドなんだろ。だったら頭数がおおいほうがお得だもんな……」
「ピーター、残念ながら、そちらの三人はホワイトチャペルの住人ではないのです。それにあなたは警察、嫌いですよね」
スピロがピーターのいたいところをついた。
「まあね。だけど、もしそっちの人捜しがうまくいかなかったら、ぼくのほうに依頼してくれよ。この街じゃなくても、出張で人捜しするからサ」
スピロは手の中の硬貨をジャラつかせて、そう提案してきたピーターに答えた。
「ええ、そのときは……」
「ですが、急いで探さないといけないのは、被害者のメアリー・アン・ニコルズなのです。ですから、ピーター、あなたに依頼しているのです」
ピーターは鼻をならした。
「ふ〜ん、どうやらぼくのほうも、ずいぶんきみたちに信頼されているようだね。ま、わるい気はしないな。すぐに探し出してみせるよ。で、見つけたら、どこに知らせにいきゃいい?」
スピロはあらかじめ用意していたとおぼしき、便せんの切れ端を懐から取り出して、ピーターに手渡した。
「ここがわたくしたちの部屋です。ネルさんも一緒におりますので、見つかったらこの住所をたずねてください」
ピーターはその切れ端をポケットにねじ込むと、「わかった」と呟いて、踵をかえして駆けだした。
そのうしろ姿を見送りながら、ネルがぼそりと言った。
「あの子はずいぶん昔から苦労ばかりしているって、聞いてるわ。すこしくらいいい思いさせてあげたいわねぇ」
「ええ、ネル様、わたくしたちも、そう聞いてます。親のいないちいさな子たちを束ねて、自力でなんとやっていこうと必死で努力してると」
「ええ、そのとおり。でも、この街で必死なのは、あの子だけじゃないわ。おとなも子供も関係なくみな、その日を生きるのに精いっぱい。もちろん、わたくしもね」
そうひとりごちるよう言うと、ネルはおおきくため息をついた。
「でもこのイースト・エンドは、どんながんばりも、無にしちゃう場所なのよ。どんなにあがいても、上にあがれやしない……」
「とくにこのホワイト・チャペルではね……」




