第120話 切裂きジャックと疑われたひとびと
「ええ、ウォルター・シッカート様も含まれています。ですが、それ以外にも何人か見張るべき人物がいるのです」
「何人いるんだ。スピロ」
セイが尋ねると、スピロは一瞬中空に視線を這わせて考え込んでから答えた。
「容疑者とされた人物は数多くいましたが、わたくしはウォルター・シッカートのほかにあと三人をピックアップしました。この三人は100年以上経っても、犯人だったのではないかと疑われ続けている人物です」
「ひとりはのちジョージ・チャプマンと名乗るセヴェリン・クロソフスキーという理髪外科医です」
「理髪外科医?。お姉さま。なんだい、それは?」
「ゾーイ、勉強不足ですよ。中世から18世紀末頃まで、外科医の地位は著しく低かったので、みな理髪師として生計をたてながら兼業していたのです。『セビリアの理髪師』にでてくるフィガロがそれを生業にしていたでしょう」
「映画の『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』でも描かれてましたわね」
そうエヴァが口添えすると、スピロがあきれかえったように言った。
「エヴァ様、またジョニー・デップですか……」
「おいおい、ジョニー・デップはどんだけこの時代と親和性が高いンだ」
マリアがからかったが、スピロは説明を続けた。
「このセヴェリン・クロソフスキーという男は、のちに何人ものひとを毒殺した毒殺魔として逮捕された男です」
「毒殺魔?。手口がちがうじゃねぇか」
「ええ。そのとおりです、マリア様。ですが当時はアバーライン様をはじめとする現場の刑事たちは、彼を第一の容疑者としていたのです。わたくし個人としては、彼は犯人ではないと思っているのですが……」
「で、残りのふたりは?」とマリアが先を促した。
「もうひとりは、教師で法廷弁護士のモンタギュー・ジョン・ドルトイット、このひとは一番最初に疑われた容疑者で、最後まで嫌疑が晴れませんでした」
「どういうことで疑われたんだい?」
セイが興味深げに訪ねた。
「セイ様、それがなにもないのです」
「なにもない?」
「彼の母や祖母には精神疾患があって、彼にも遺伝性の精神疾患があったのではないか、という推測です。当時、彼はある学園の副学長をつとめていたのですが、同性愛者だと発覚したことで解雇され、そうとうに精神を病んでいたのは確かでしたが……」
「その程度のことで有力な容疑者になるのかい?。もうちょっと動機とか目撃証言とかあるのかと思ったけど……」
「はい。この時代、科学的捜査も行われてきたのですが、この事件に関しては前例のないシリアル・キラーだったこともあり、どれも容疑者どまりだったのです」
「まぁ、動機がわからない連続殺人ですものね。翻弄されたのも理解できますわ……」
エヴァがためいきまじりに言った。




