第111話 その不気味な男の正体——
その男の印象は、不気味、のひと言だった。
1984年頃
存在感があるという前向きのとらえようもあったが、どういうわけか、どうしてもネガティブな表現しか思い浮かばない。
ひとの心をのぞき見るような鋭い目と、痩せているわけでもないのにそげ落ちた頬は、カマキリやキツネのような無慈悲な捕食者を思い起こさせ、そこはかとなくひとを不安にさせる。顔立ちや物腰そのものは紳士然としているだけに、不気味、という印象が逆にきわだって感じられる。
「ああ、キミもいたか」
「いたかはないだろう。仕事の話があるから来てくれと呼ばれたから、わざわざ出向いたんだ」
「申し訳ないが、仕事の話はまた後日あらためてでお願いできないだろうか?」
「仕事はないってことか?」
「いや、そうじゃない。じつは我が『ザ・ウーマンズ・ワールド』に、挿し絵を描いてもらいたいと思ってたのだよ」
「挿し絵かよ。オレは画家なんだがね」
「まだ喰うのに困っているのだろう」
「ああ、だが安売りはしたくねぇ。わるいが帰らせてもらうよ」
そう言うなりスタスタと出口へ向かっていった。これみよがしに乱暴に扉を閉めるのではないかと思ったが、その男は音もなく扉を閉めていった。
「いやはや、あの御仁はだれかね?」
男がでていくなり、スティーブンソンがワイルドに尋ねた。
「なあに、まだ駆けだしの画家だよ。あのエドガー・ドガの親友と聞いたので、興味があったのさ。画力はたいしたもんだが、なにせ絵が暗かったのでどうかと思ったが……。あぁプライドが高いのでは……」
「だが、あの高名なドガ氏が認めたのだろう。誰なのかね?」
マシュー・バリーが興味をそそられて訊くと、ブラム・ストーカーが軽く挙手して説明をかってでた。
「それなら、わたしが知っている。7、8年前までわたしとおなじヘンリー・アーヴィンの劇団にいて、演劇の勉強をしていたからね。まさか画家になっていたとは……。まぁ、名前を言ったところで知らんでしょう。無名の画家です。たしか、ウォルター・シッカート(28歳)だったかと」
その瞬間、はねあがるようにして、スピロが立ちあがった。うしろに椅子が倒れて、おおきな音をたてて床にころがる。
スピロは愕然とした表情で、男がでていった扉を見つめていた。
こころなしかからだが震えているようにも感じられる。いつも冷静沈着なスピロのただならぬ様子に、だれも声をかけられずにいた。
セイはゆっくりとたちあがると、スピロの背中に手をあてがいながら訊いた。
「スピロ、どうしたんだい?」
スピロの喉の奥底から聞こえるか聞こえないか、ギリギリの声が絞りだされた。
「あの男が……」
「切り裂きジャック……」




