第107話 おまえのせいでとんだ大恥をかいたぞ!
「さぁ、僕の古くからの友人、エイブラハムを紹介しよう」
そう紹介された男は、ワイルドよりひとまわりくらい歳がちがって見える、がっしりとした体躯をした髭面の中年だった。だが七三になでつけられた髪形と、きっちりと整えられた髭のせいで、不思議と清潔感にあふれて感じられた。
「彼とはすこしばかり年が離れているが家族ぐるみの知りあいでね。むかしはよく一緒にクリスマスを祝ったりしたものだよ。いまは舞台、そう、かのヘンリー・アーヴィングの舞台の裏方をつとめている」
そういうとワイルドは屈みこんで、座っているエイブラハムの肩に手をまわした。
「それに彼の奥方、フローレンス・アン・レモン・バルコムはじつに美しい女優だしね」
エイブラハムは実に迷惑そうな顔をしてワイルドをにらんだ。
「そう、この男こそ、僕の恋人だったフローレンスを娶った、実にけしからん男なのだよ」
「またその話かね、オスカー。きみがフローレンスに一方的に求婚を断られただけだろう」
「あいかわらずお堅いね、こういう話は少々エスプリをきかせないと、パンチラインが生きないだろう。わかるかね。エイブラハム……」
「エイブラハム・ブラム・ストーカー(41歳)」
1900年頃のブラム・ストーカー
「ブラム・ストーカーぁぁぁぁぁぁ!」
マリアが椅子からはね起きるなり、そのままテーブルを飛び越えて、その男に掴みかからんばかりの勢いで叫んだ。
「ブラム・ストーカーぁぁ、おまえのせいで、オレはヴラド三世を怒らせちまって、とんだ大恥をかくことになったぞ」
マリアはブラム・ストーカーを指さして非難したが、誰もがマリアがどういう抗議をしているのか、いやそもそも何を言っているのかわからずにいた。
スピ口ですらキョトンとしている。
「あいかわらず、直情径行がすぎますわよ。マリアさん」
エヴァがマリアをたしなめた。
「マリアさんは今から数年前に、15世紀のワラキアの領主、ヴラド三世にいる過去にいって謁見したことがあるらしいんです。その時、ブラム・ストーカーさんの著作のことに触れたせいで、たいへん立腹されてしまい、恥をかいた、ということですわ」
説明をきいてもブラム・ストーカーは、なにをとがめられているのかが、わからないようだった。
「ヴラド三世。著作?。失礼だがあなた方が口にされていること全部が、まったく意味がわかっていないのだが……。だいたいひとの名前を聞いただけで、そんなに反応されるのはどういうわけなのです」
「しかたがありません。ブラム・ストーカー様は著作も有名ですが、お名前も知られているものですからね」
「ボクのときと大違いじゃないか」
スピロの説明にジェームス・マシュー・バリーが皮肉たっぷりにつぶやいた。




