第106話 なんで作者名をみな知らないんだ。未来人は!
「『ピーター・パン』だったらぼくもよく知ってる」
「子供の頃、ミュージカル劇を見にいったことあるよ。作者名までは覚えてなかったけど……」
「あぁ、オレも『ピーター・パン』はちいさい時から、なんどもアニメーション映画を観ていた。まぁ、作者は知らなかったがな」
そうマリアが証言を重ねていくと、マシュー・バリーの神経質そうな顔が、さらに気むずかしげに、ゆがみはじめた。
が、すぐにぶちまけるようにテーブルを叩いてどなった。
「なんで作者名をみな知らないんだ。未来人は!」
あまりの剣幕をみてコナン・ドイルが、マシュー・バリーをなだめるように言った。
「ジェームス、あたしもその気持ちわかりますよ。あたしなんかはシャーロック・ホームズやワトソン、それにあたしの名前までみな知ってるっていうのに、だれも読んだことがないって言われたんですよ。作家にこれほど失礼な話はないってもんで……」
「そうでしょうか?」
スピロが静かな口調で言った。
「おふたかたの作品は百年後の未来でも、ずっと愛され続けているのですよ。わたくしは、作家としてこれほど幸せなことはないと思ってしまうのですが……」
そのことばには、まぎれもない尊敬の念が感じとれた。
「ま、まぁ、たしかに。そう聞くと自分がすこしは誇らしく感じられるな」
マシュー・バリーは自分のおこした癇癪を恥じいってか、語尾をにごしながらうなずいた。
だが、ワイルドはマシュー・バリーの肩をたたきながら、鼻高々にいばってみせた。
「まぁ、僕のように作品名も名前も後世に語りつがれるためには、文学とジャーナリズムの両方にわたって、才を持ってなければならんということだよ」
マシュー・バリーもコナン・ドイルもワイルドの、我が物顔のふるまいに顔をしかめた。が、それ以上にスピロは気分を害したらしい。
すぐに舌鋒をワイルドにむけた。
「そうですか?。ワイルド様。文学とジャーナリズムのちがいはなんなのでしょうか?。こたえは、ジャーナリズムは読むに耐えない。そして文学は読む人がいない。それだけのことです」
「スピロ、なんと残酷なことを言われるのだ」
「あら、これはワイルド様、あなたが未来に残されたことばですよ」
あたりから失笑が漏れた。
これぞ、スピロ・クロニス——。おもわずセイの口元もゆるんだ。
オスカー・ワイルドは忌々しそうな顔をしたが、すぐに隣の椅子に座っている男の背後にまわって、なにごともなかったように紹介に戻った。
「さぁ、僕の古くからの友人、エイブラハムを紹介しよう」




