第99話 スティーブンソン先生に読んでほしいんです
「スティーブンソン?。誰だいそりゃ?」
ゴードリーが小馬鹿にしたような口調で言うと、オスカー・ワイルドがとりなすように前に進みでて答えた。
「ロバート・ルイス・スティーブンソンですよ。『ジキル博士とハイド氏』の」
「えっ。あのボストン美術館の劇場で今やってる芝居のヤツですかい」
「ええ、その通り。その芝居が大当たりしたのでね。その契約延長のためにアメリカから帰国してきたところを、僕がこの会に招聘したっていうわけだよ」
「自分はスティーブンソン先生のファンで『ジキル博士とハイド氏』のおぞましい世界も好きですが、『宝島』のような胸踊る冒険の話も大好きで、ぜひ自分の作品を見ていただきたくて」
青年の訴えを聞いて、ゴードリーがまたも手錠をひっぱった。
「学生の分際で厚かましいぞ。そんなご高名な先生がおまえのような学生の書いた駄文なぞ読んでくださるわけないだろう」
やけに卑屈なしゃべり方だった。ゾーイはゴードリーにはすくなからず学歴や文学に対するコンプレックスがあるのだと思った。ワイルドがこの場の騒ぎを収集すべくアバーラインに提案した。
「刑事さん、ここはどうでしょう。こちらもことを荒だてて、この邸をお借りしているクイーンズベリー侯爵にご迷惑をかけるわけにはいかんのでね。ここは僕がこの青年の書いてきたものを受けとって、スティーブンソン氏に手渡すという形では?」
ワイルドの提案にアバーラインも即座に応じた。
「まぁ、かまわないでしょう。実害もないようですし。そもそもここはわたくしめの管轄外ですしね」
ワイルドは青年の目の前に手を差し出すと「書いてきたものはあるかね」と尋ねた。青年はあわててカバンのなかをあさると、薄っぺらい冊子を三冊取り出して渡した。
「『サイエンス・スクールズ・ジャーナル』?」
「はい、うちの大学の学生誌です。それの4月号から6月号の三回に渡って掲載されたものなんですです」
「学生誌……なのかね?」
手元の冊子を困惑した様子で眺めているワイルドをみて、ゴードリーがどなった。
「なんだ、こんな貧相なものを大先生に読ませようとしたのか!」
だが青年はそんな侮辱など、どこふく風とばかりに声を弾ませて言った。
「主人公たちが過去や未来を旅する『時の探検家たち』っていう小説なんです」
「ちょっと待ってくれたまえ」
ワイルドがさきほどよりさらに困惑した顔で青年のことばを制した。
「なんとも奇遇な話なのだが……、今、僕たちはまさにその『時の探検家たち』と、話をしていたところなのだよ」
「どういう意味なんです?」
「未来から来たというユニークな探検家、いや、今回は殺人事件を解決しにきたのだから、『時の探偵たち』とでも言うべきかな」
「時の探偵……たち?」
今度は青年の方が混乱した表情で、なにをどう解釈すればいいのかわからず、こまった顔をしていた。その様子をみてスピロが青年の前に進み出た。
「わたくしはギリシアからきたスピロ・クロニスです。そしてわたくしたちが未来から来たその『時の探偵たち』ですわ。よろしく……」
そう言ってスピロは握手をもとめて手をさしだした。
「ハーバード・ジョージ・ウェルズ様」
1890年頃のH・G・ウエルズ




