第97話 ロンドン警視庁刑事訪問でパーティー会場ざわつく
ゾーイはアバーラインがこの場所にやってきた、と聞いて驚いていた。
セイたちがワイルドと一緒に別室にと招かれたとき、ネルはひとりでもこのパーティーを楽しみたいと言ってきた。だが彼女ひとりにするのをよしとしなかったスピロは、ゾーイを監視役に命じた。ゾーイ自身も執事の格好をさせられているので、その役は引き受けざるを得なかった。
スピロは最初からそのような目論見で、自分にそのような格好をさせていたのだろう。
ネルはひとりっきりでも思う存分にパーティーを楽しんでいた。赤毛が目立つというのもあったが、スピロが見立てた衣装がとても品よく見えたおかげもあり、紳士たちから次々と声をかけられた。
元々が社交的であったのだろう。上流階級の社交場の雰囲気をつかんで、あっと言う間にこの場になじんで、ワインやシャンパンの杯をいくつも重ねながら、ネルは紳士・淑女連中と話をはずませていた。
ゾーイははたで見ているだけだったが、ネルはとても満足そうに表情を華やがせていた。
ロンドン警視庁の刑事が来た、と聞いたのは、数年前に奥方を亡くしたという中年の下院議員と、ネルがビッグベンについて語りあっていた時だった。
「ゾーイ、どういうことなのかしら。ロンドン警視庁の方々がこのような郊外まで来られるなんて……」
エチケットブックの予習のおかげもあって、すっかり淑女のような立ち居振る舞いをしている。
ゾーイはそれにあわせて、かしこまった口調で答えた。
「ネル様。あまり気にかけることはないかと。主催者のワイルド様は顔が広いお方ですから、そちらに用があるのでしょう」
「いや、いや、わからんぞ。ロンドンのイーストエンドの刑事だと言っていたから、わざわざ罪人を追いかけてきたのかもしれん」
下院議員がワインを口に運びながら言った。
「罪人をですの?。まぁ、怖い。なにをしたのでしょうかね」
「あの街には窃盗とか売春とかがはびこって……」
下院議員が無粋なことを口にしたのを、すぐさまゾーイがとがめた。
「下院議員様、申し訳ございませんが、お嬢様の前でそのようなけがらわしい犯罪を口にするのはお控えいただけますか?」
「あ、いや、これは大変失礼を……」
下院議員はうやうやしく頭をさげると、ゾーイにちらりと恨めしげな目をむけ、そそくさとネルの前から去っていった。
「ゾーイ、そんなにすごんではわたくしの周りから、紳士という紳士がいなくなってしまいますわよ」
ネルは下院議員のうしろ姿を見送りながら、不満そうな顔で言った。




