第89話 幸福の王子
オスカー・ワイルドに導かれて入ったパーティー会場は、まさに絵に書いたような社交場となっていた。
セイは漫画やアニメ、映画で見たものを彷彿とさせる、そのめくるめく光景にいくぶんとまどいを強くした。既視感のほうが先に立って、これが本当にその時代の光景なのか、疑いたくなるほどだった。ほかの連中はどんな反応なのだろうと目を移す。
案の定、リンタロウとドイルとネルはその場の雰囲気に呑込まれて呆けた顔をしていた。だがゾーイとスピロはなにくわぬ顔であたりをつぶさに見まわす余裕をみせているし、マリアはなにから食べようかと、手ぐすねをひいているような顔つきをみせている。
ただエヴァだけはこんなものは見慣れた茶飯事とばかりに、すでに飲み物をウェイターから受け取り、あっという間にその場に溶け込んでいた。
ワイルドがワイングラスを口に運んでから言った。
「今日は『ザ・ウーマンズ・ワールド』の売れ行き好調を祝したパーティーでね。さる伯爵の御好意でパーティーを開催させてもらっている。参加しているのは僕の仕事仲間たちや、僕のファンたちがほとんどさ。そんなにかしこまらなくても構わないよ」
セイは彼に尋ねた。
「ワイルドさんは、この婦人誌の編集長なのですよね」
「ああ、そうだとも。世界でもっとも洗練された、そして、もっとも先進的な雑誌のね」
セイはその行き過ぎたワイルドの自画自賛に、少々辟易としながら続けた。
「ぼくはあなたのお名前は作家としてしか知らないんです」
「ほう、僕の著作を読んでくれてるのかね。これはなんとも嬉しいじゃないか」
ワイルドは笑いながら取り巻きの女性たちに同意を求めるような視線を送った。女性たちはうっとりとした目を、彼にむけながら口々に賞賛のことばを述べはじめた。
「だって『ドリアン・グレイの肖像』はとても有名ですからね」
「ドリアンなんだって?」
「セイ様、それはすこし先取りしすぎていますわよ」
すぐさま脇からスピロが口を挟んできた。
「先を?」
「えぇ。ワイルド様はこの1888年の時点では、まだ『ドリアン・グレイの肖像』を執筆されておりません。たぶん『幸福な王子』を発表されたばかりではありませんか?」
「そ、そう。そのとおり、だよ」
ワイルドはすこし安堵したような口調で、スピロのことばを肯定した。
「キミは読んでくれているのだね。どうだい、僕が書いた大人のための童話は。とても感動的な話だったろう。貧しい者たちを愁う王子の銅像と、ツバメの比類なき無償の友情物語。心をうつとともに諧謔と皮肉に満ちていて……」
「はぁ?、そうですか?」
スピロが嫌悪感たっぷりに言った。




