第87話 パーティーに緊張する
スピロなら『無茶を言ってきたはあなたなのですから、覚悟を決めなさい』と叱責しただろうか。それとも『運命に身をまかせてあきらめなさい』と悟しただろうか……。
いや、姉なら、スピロなら自分とおなじように言うにちがいない。スピロ自身が今、それをみずからの人生で実戦している。だから、たぶん、こう言うはずだ——。
こんなチャンスに恵まれたのですから、精いっぱい今を楽しみましょう。
馬車がパーティー会場の邸宅のエントランスに到着すると、先に到着しているスピロたちが入口の受付係と話をしているのが目に入った。
ひと悶着ありそうだ——。
ゾーイはそんな予感がした。
なにせこちらは、見なれない連中——。
しかも有色人種や子供がいてこの大人数。結局入場を拒否されるという顛末になってもおかしくないと思えた。
だが予想外のことに受付係は恭しくかしこまって、『リンタロウ・モリ様御一行様ですね』と言うなり、入り口のエントランスを手で指し示して入場を促した。
おおきな玄関口まではすこし距離があったが、弦楽器のなめらかに滑るような音が漏れ聞こえ、そのところどころに人々の談笑する声、そして食器がなにかにぶつかるような『カチン』という軽い音が混じって聞こえてきた。
パーティーの雰囲気が伝わってくると、さすがにゾーイも胸が高なると同時に、緊張に脚が震えてきたが、脇をみるとリンタロウとドイルはそれ以上にガチガチになっているのがわかった。
いまにも倒れそうなほど真っ青な顔をして、歩き出そうとしていたが、手と足が両方同時にでるのではないかと思えるほど、ぎこちない動きをしていた。せっかくこの席のために服をあつらえたというのに、まるっきり服に着られているような残念な装いにみえてしまう。
「リ、リ、リンタロウ君。キ。キ、キミはこういう席には馴れたものなのでしょう。なにせ軍に所属されているンですからねぇ……」
「ドイルさん。と、とんでもないことです。たしかに日本にも『鹿鳴館』なる社交の場ができましたがね。小生ごとき軍医が出席を許されるはずもありません」
「あ、あたしゃ、ほらもう田舎の町医者ですから。あんまり暇すぎて、物書きばかりしてるような者ですからね。まあ、こんな機会は二度とないっていうだけで参加してるだけでしてね……」
「ドイル様、そんなことはございませんよ」
その横でふたりをエスコートするように歩いているスピロが言った。
「あなたは、このあと有名になりますからね。このような社交の場に何度も出席されることになるのですから」
「ほらー、スピロさん、からかうのはよしてください。何度聞いてもそんな与太話、信じられませんってぇ」
そのとき、正面のおおきな扉が開いた。
なかからの眩い光が玄関のエントランスにふりそそぐ。
屋敷の正面玄関の内部が目の前に飛び込んできた。
その大階段の中途にひとりの男が立っていた。その周りには数人の女性が取り巻いている。その男は手に持ったワイングラスを揺らしながら、こちらにむけてうれしそうに目を細めて声をあげた。
「ああ、やっと来た。君たちが『ユキオ・オザキ』が言っていた日本人。『リンタロウ・モリ』だね」




