第81話 今回、救えば良いのですから
イースト・エンドの一角は、セイたちにとってはすでに、勝手知ったる場所となっていたので、ネルの居場所を見つけるのは雑作もなかった。
ネルは洗濯場でおなじような身なりをした女性たちと、なにやら楽しそうに話しをしていた。
なんとも不思議な気分にかられる。
自分が最後にネルを見たときの姿は、何者かに喉を掻切られて、地溜まりのなかで息絶えているものだったからだ。
セイはネルをじっと見つめたまま、どうしていいのかわからずにいた。その様子をみとったのか、スピロが声をかけてきた。
「セイ様。後悔を募らせるのはよしましょう。今回、救えば良いのですから」
「ああ、すまない、スピロ。わかってる」
セイはそんなに心配されるような面持ちになっていることを反省した。
「セイ君はあのような女性が好みなのかね」
ふいに横からリンタロウが尋ねると、それにかぶせるようにドイルがしたり顔で言った。
「いや、リンタロウ、あれはなかなかいい女ですよ。まぁ品には少々欠けますが、男をそそる色香があります」
「おい、アーサー!。だからなんでてめえが付いてきてやがる!」
あたりまえに調査に参加しているコナン・ドイルに、マリアが噛みついた。
「あ、いやぁー、だってしかたがないじゃないですかぁ。さっき、あなた方が未来から来た人だってことを、リンタロウに聞いちゃいましたからね。そりゃ、誰だって興味が湧くってもんでしょう。ええ、幽霊と勘違いして、腰抜かしちゃったことは謝りますよ。謝りますけどね。あたしゃ、最近心霊にはまっておりましたからね。そういう間違いだってするのは仕方がないんじゃないですか。一年ほど前にドレイソン将軍の影響で、『心霊現象研究協会』の降霊会に参加したんですがね。彼は有名な数学者で占星学者でしたからね。でも信じちゃいませんでしたよ。こう見えても、あたしゃ『唯物論者』なんですからね。ただ、そんときゃ……」
「もういい。とりあえず静かにしろ!」
放っておくと永遠にひとりでしゃべってそうなコナン・ドイルに、辟易としたのかマリアがうんざりとした目をむけた。
「あ——。はい」
スピ口は背後でマリアとコナン・ドイルの揉め事が収まったところで、つかつかとネルのそばまで近づいていった。ペチャクチャとおしゃべりをしていた女性たちは、豪華なドレスに身を包まれた貴婦人がなんのためらいもなく近づいてきたのを警戒して、あわてて口をつぐんだ。
「ネル様。いえ、フランシス・コール様」
スピロが言った。




