第80話 地下鉄でイーストエンドへ
イースト・エンドに行くことになった一行は、メトロポリタン・ディストリクト鉄道の地下鉄を利用することになった。1884年環状運転が開始され、イースト・ロンドン鉄道への連絡ができるようになったおかげで、『ベーカー・ストリート駅』から『ホワイトチャペル駅』へは地下鉄だけでアクセスできた。
だが、『ホワイトチャペル駅』に到着するなり、マリアがうんざりした口調で言った。
「だれだ?。地下鉄を利用したほうがいいって言ったのわぁ」
そう言ってこれみよがしに、服を叩いてみせた。黒い煤があたりに舞い散る。
「本当に!。ほとほと参りましたわ」
エヴァもマリアに賛同するようにため息をつくと、おおきな帽子を脱いでわざとらしく、真っ黒い煤を叩いて見せる。
が、それを諭すようにスピロは指先で自分の顔についた煤を拭って、指先が黒くなったのを確認してから言った。
「まぁ、トンネルのなかを蒸気機関車が走っているのですから、当然煤だらけになるでしょう」
「最初からわかっていたことさ。だいたいマリアさん、あんた、最初は大はしゃぎしてたじゃあないかい」
ゾーイがスピロの意見を後押しする。セイは肩をすくめた。
「まぁ、いくら暑いからって、窓をあけて走られるとは思わなかったけどね」
1908年頃のロンドン地下鉄路線図
「すみません。でもね、あたしゃ、地下鉄の路線図を見せただけですよ。ここまでの行き方の方法のひとつを提案しただけでね」
申し訳なさそうにしょげ返りながらも、アーサー・コナン・ドイルは懸命に弁明した。
「だいたい、アーサー。てめえはなぜ付いてきてやがる」
「そうですよ、ドイルさん。あなたは通りすがりの町医者でしょう。小生たちとはまったく関係がないじゃあないですか」
リンタロウが迷惑そうに顔をしかめた。
「リンタロウ、おまえもだ!。部屋をかりるときには助けてもらったが、なんでオレたちについてくる?」
「マリアさん、助けてもらったかもしれませんが、この方はちゃっかりとひと部屋を相場の半分の2ポンドで借りているのですからね。ありがたがる必要はありませんわ」
「マリアさん、エヴァさん。後生だから勘弁してくださいよ。小生はあなたがたの話を聞いて、帰国の予定を延ばしたんですから。そのおぞましい事件の調査に参加させてくださいよ」
「おめぇが帰国を延期したのは、エリーゼが来るって聞いたからだろうがぁ」
「あ、いや、それは……」
リンタロウはたちまち口をつぐんだ。




