第15話 あれはクレオパトラの寝所に忍び込む時に邪魔くさかったから
「おまえを剣闘の試合前の余興に供する」
ふたりのわかい兵士が畏まってそう言うと、両側からマリアの腕をつかみあげた。周りに数人の兵士。怪我をした隊長を牢屋の外へ担ぎ出している数人以外は、みんな剣を構えてマリアを威嚇していた。
先ほどまでぎゅっと縮こまっていた囚人たちの影が、ふっと解けるように緩んだのがわかった。あきらかにその動きは安堵の空気を含んでいた。
「おい、てめぇら、なに気軽にオレに触れてる。おまえらも斬られてぇか」
そのことばに、剣を構えた兵士が剣をさらに前に突き出してみせた。
「そうです。女性はもうすこしやさしく扱いなさい」
当然のように怒りを口にしたマリアにエヴァも声を荒げて援護した。兵士のひとりがいくぶん緊張した面持ちで叫んだ。
「なにが女だ。ふつうの女がいきなり斬りつけるわけなかろう」
「まぁ。たしかに……。マリアさんには、次からは『斬ります』と宣言させるように言っておきます」
「おー、おー、そうだな。宣言してやるよ」
そのとき、外壁の小窓から競技場の様子を見ていた囚人のひとりが叫んだ。
「競技場のなかにライオンが放たれたぁぁ!」
セイとエヴァはその声のしたほうを振り向いた。そこでは囚人たちが小窓に殺到し、我先にとアリーナの様子を覗き込んでいる姿があった。
セイがマリアのほうに視線をもどすと。あからさまにマリアの顔色が曇っていた。
「マリア、危険だ。今すぐ現世に戻って!。あとはぼくがなんとかするから」
マリアはセイをキッと睨みつけると、おおきく息を吐きだした。
「エヴァ。またオレは貧乏くじを引いたぞ」
「マリアさん、相変わらずついていませんねぇ……」
肩をすくめたエヴァのうしろから、セイがマリアにむかって叫んだ。
「マリア。戻りたいって心で念じれば、ひとりでも現世に戻れるか……」
「おい、セイ。なんでオレが戻らねばならん」
「ライオンの生け贄にされるんだ。もしここで命を落としたら……」
「だから、なぜ、ライオンていどにオレがやられる前提で話をしている、と言っている」
「え?」
マリアが本気で怒っている様子に、セイはことばを飲み込んだ。
「セイさん。心配しなくていいですわよ」
うしろからエヴァが声をかけてきた。その声色には焦りも恐怖も感じられなかった。
「マリアさんは、前にもライオンを倒したことありますし……」
「バカか。あれは『クレオパトラ』の寝所に忍び込む時に邪魔くさかったから、しかたなく倒しただけだ」