第73話 お貸しできかねますわね
「お貸しできかねますわね」
いやに丁寧な口調で家主の女性、ターナー夫人は断ってきた。
未亡人ということだったが、室内ですごすには少々派手に感じる格好をしているようにエヴァには思えた。すらりとした美人ではあったが、その目つきは高慢さがにじみでており、世間体やプライドを大事にする類いの種族なのだとすぐに感じ取れた。
「なぜです。お家賃はすべて前払いすると申しあげているのですよ」
エヴァはもう一度、食い下がってみせた。
「お金の問題ではございませんのよ」
「お金の問題ではないとは?」
「そんな若い男女が何人も一緒に住まうなど言うのであれば、なにかよからぬことをするにきまっておりますでしょう。おおかた上流階級の客をひっぱりこもうという魂胆なんでしょう。わたくしは自分の家をそういう穢らわしいことに使われるのには我慢なりませんわ」
「ターナー夫人。さきほどからご説明さしあげているでしょう。そういう目的なんかじゃありません」
エヴァがぴしゃりとそう言うと、ターナー夫人はマリアのほうに顎をしゃくりあげてから、「最近、ああいった子供相手なのが流行りだと聞いていますわよ。それに……」と言うと、今度はセイのほうに目をむけながら「男性が趣味の人もね」と囁いた。
ことば遣いはきれいながらも、ゴードリーとおなじようなことを言われ、エヴァはマリアが即座に反応すると覚悟したが、マリアはターナー夫人を睨みつけるだけで黙したまま口を開こうとしなかった。
交渉がご破算になったとき、余計な揉め事をおこした自分のせいにされないようにという予防線なのだろうとエヴァは感づいた。だが、ここでもセイが抗議の声をあげた。
「ターナー夫人、いくらなんでも、ぼくらをそんな風に見るのは失礼ではないですか?」
「ふん、それは申し訳なかったこと。なにせこのロンドンじゃあ、なんだってありですからねぇ、まぁ、ほかを当たってくださいな」
「どうやらそうしたほうが、お互い良いようですね」
エヴァはその提案を受け入れるつもりで、スピロのほうをちらりと見た。先ほどまであれほど顔を輝かせていたのが、目に見えるほど暗く沈み込んでいるのがわかった。ゾーイもエヴァに嘆願するような目をむけてきている。マリアですらこちらも仏頂面でこちらを見ていて、大騒ぎを我慢したんだからなんとかしろ、という無言の圧力をかけてきていた。
簡単には引けないってことですか——。
エヴァは切り札を切ることにした。




