第57話 もっと前の時間から潜るぅ?
「もっと前の時間から潜るぅ?」
ゾーイ・クロニスからモニタ越しにそう伝えられて、マリアは不諭快さを口元ににじませたままそう言った。
ミッションに失敗して、聖だけでなくマリアもエヴァも、それなりに気分が滅入っている。なのにまだ丸一日経たずして、ミーティング用カメラの前に全員が呼び出され、次のダイブの指示までされたのでは、そんな口調になるのも当然だ。
「ええ、そうなんです」
モニタの向こう、ギリシアの施設にいるゾーイは、そんなこちらの事情もお構いなしで話を続けた。
「そうしないと、またおなじ結果になるでしょうって、姉が言うんです」
翻訳アプリを通じて流れてきたゾーイのことばは、いくぶん平板なイントネーションながらも、ていねいな日本語に翻訳されていた。
「また、おなじ結果って……。前回みたいにミアズマに出し抜かれて、ネルさんを殺されちゃってことかい。ゾーイ」
聖は一言一言確認するように、ゆっくりとした口調で訊いていく。おそらくセイのことだから、アプリの翻訳スピードの遅延を考慮しているのだろうと、マリアは思った。
だが、マリアにはそれがまどろこしかった。こっちは、こっちの知りたいことをすぐに知りたいのだ。
「ゾーイ!。なんでスピロのヤツはそんなに簡単に結論づけるんだ!。次はオレも聖もヘマはしねえぞ」
「マリアさん。わたしにもそれがわからないんです。でも姉はもっと前にある根本原因を取り除かないと、また『未練の力』をうしなわされるだろうって……」
ゾーイはほんとうに弱った顔をしてみせた。するとエヴァが具体的に話を進めようとばかりに、話に割って入ってきた。
「ゾーイさん。もっと前って、どれくらい前になるか、聞いていますの?」
「えぇ、エヴァさん。聞いています。姉は、一連の事件が起きる前でなければならない、って言ってましたので、おそらく2、3ヶ月前になるかと……」
「聖ちゃん、一連の事件ってなんなの?」
かがりが素朴な疑問を聖に投げかけた。
「たぶん、『切り裂きジャック』事件のことだと思うよ」
聖の解答にモニタのむこうからゾーイが反応した。
「はい。『切り裂きジャック』事件です。その第一の犯行が行われる前の時代にダイブするということです」
「どういうことですの?」
エヴァが眉をひそめた。
「だって、ネルさんは『切り裂きジャック』に殺されたわけじゃないでしょう」
「エヴァさんのおっしゃる通りです。ですが、姉はそこから始まっているのではないか、という仮説を……」
「はん、仮説?。仮説だと、ゾーイ。確信じゃねぇのか」
「マリア、仕方がないさ。きっと手探り状態なんだ。だけど、スピロがそういう仮説にいきついたのなら、なにか根拠があるんだよ」
「そうよ、マリア。なんでもかんでも難癖つけないの!」
セイの意見に乗っかるようにして、かがりがマリアに注意をうながしてきた。その物言いが勘に障ったが、マリアはそれを聞き流してゾーイに尋ねた。
「で、ゾーイ。肝心のスピロはどこだ?」




