第55話 ヤツは相当に落ち込んでいるはずだ
かがりはすーっとおおきく息を吸うと、思いっきり吐き出してから言った。
「それはちがうわ、エヴァ。聖ちゃんはだれだろうと助けを求められれば、それに応えようとする。もしそれでしくじりを犯したとしたら、それは油断した聖ちゃんのせい!」
かがりはエヴァににっこりと笑って言った。
「そうでしょ。エヴァ」
「えぇ……。まぁ、聖さんはそう言うでしょうね」
「うん。聖ちゃんはいつだって、ひとのせいなんかにしない」
かがりは自信をもってエヴァに答えたものの、串刺しされたという聖のからだの状態が気になった。
「お父さん!」
かがりが中空にむかって声をあげた。すると据え付けの大型モニタ画面に父の夢見輝雄が現れた。
「聖ちゃん、敵に刺されたって!」
『刺された……。そうか。それでヴァイタルが乱れたんだね。それにしても聖がやられるなんて……』
「聖ちゃん、心配ないよね」
かがりはなかば答えを強制するように、輝雄に問いただした。
「あ、あぁ、心配ない。聖は強いからね。ちょっとやそっとのことで、メンタルをやられることはないさ」
それを聞いてホッと胸をなで下ろす気分だったが、かがりはエヴァのほうへわざとらしく肩をすくめてみせた。
「ほら、全然、気にすることないって」
エヴァがすこし申し訳なさそうな顔つきで、にこっと笑い返してきた。それを横目にみていたマリアが、すこし皮肉っぽく言ってきた。
「だが、かがり、聖のほうは、気に病んでいるかもしれねぇぞ」
「えぇ。要引揚者を助けられませんでしたからね。かなりのショックを受けていると思いますわ」
マリアとエヴァにそう助言され、かがりはふたりの顔を交互に確認した。ふたりとも真摯な顔つきで、こころの底から聖のことを心配しているのが見てとれた。
「うん、わかった」
そう言うとかがりは、聖が沈んでいるプールに足を踏み入れた。くるぶしをぬるりとした感触の『念導液』がまとわりつく。が、かがりはかまわず聖の元へむかい、プールの底にまだ横たわったままの聖を見おろした。
「かがり。ヤツは相当に落ち込んでいるはずだ。目覚めたくないほどにな」
プールからあがったマリアが、からだにまとわりつく『念導液』を手で拭いながら言った。
「すまねぇが励ましてやってくれねぇか。オレたちじゃあ、たぶん逆効果にしかならねぇと思うからな」
「そうですね。悔しいですけど、ここは一緒にあの場所にいなかった人のほうが適任ですわ」
エヴァは『念導液』をぬぐおうともせず、からだから液を滴らせながらプールを出た。
そしてマリアと一緒に更衣室のほうへ向かっていった。




