第52話 セイ。現世に戻れ!
「ネル!」
横を通り抜けていくネルにむかってセイは叫んだ。
だが、ネルはどろんとした視線を見せただけで反応はない。そのままミアズマがセイの横を通り抜けていく。さらにそのうしろに援護するように、エヴァを追って落ちてきた二体のミアズマが続く。
三体はすこし進んで角を曲がると、そのまま建物の陰に消えていった。
それと同時にセイのからだが投げ飛ばされた。ジョンとマイケルの針金の脚が抜け、セイのからだが石畳に叩きつけられる。
「うっ」
それほどの高さではなかったが、セイはおもわず呻き声をあげた。そこへナイフを振り回して、あたりをとりまくミアズマを威嚇しながら、マリアが滑り込んできた。
「セイ。現世に戻れ」
マリアはセイの顔を覗き込むなり、そう言った。「大丈夫か」などといういたわ.りのことばなど抜きだ。
「マリア、すまない。ぼくはピーターたちにとどめをさせなかった……」
「くそったれ!。いまは謝るとこじゃねぇ。説教はあとだ。だからまずは戻れ!」
「きみらを置いて……」
「セイ様、お戻りください」
走り込んできたスピロがセイのことばを強い口調で制した。
「あなたがここで命を落とすことは許されません。現世の肉体は死ななくても、なにかしら精神障害を負う可能性があります」
「いや……、ぼくは大丈夫だ」
セイはそう言ってたちあがろうとした。だが足に力がはいらなかった。
「セイさん、今回のミッションは失敗なんだよ」
ゾーイが上から覗き込んで言った。そのうしろには心配そうな顔をした、エヴァの姿がある。
「失敗?。まだ……」
「セイ様、お認めください。残念ながら失敗です。悪魔にしてやられました」
スピロがセイのかたわらで、悔しそうに顔をゆがめる。
「ネルさんを奪われました。ミアズマは一匹残らずいなくなりました。ピーターもジョンもマイケルも……」
「一匹残らずって……」
「セイ!!。オレたちは失敗したんだよ」
マリアがセイの胸ぐらをつかんで、顔を近づけて凄んだ。
「今回は失敗なんだ。だからはやく戻ってくれ!」
「えぇ、セイ様。まだダイブのチャンスは残されています。もう一度、潜り直しましょう」
スピロが目元を赤くしてそう言うと、ゾーイもおなじような目でセイに訴えかけてきた。
「そうだよ。セイさんお姉様やマリアさんの言うこと、きいておくれよ。この歴史の修正は、またやり直せるんだ。頼むよ」
みんなのあまりの必死の形相に、セイは首を縦にふった。
どのみち戦えても、ろくな攻防にならない。セイはみんなの気づかいが嬉しかった。
「わかった……。現世に戻るよ。きみらも続いて……」
そのとき、どこからで女性の悲鳴のようなものが聞こえた。セイはハッとして身構えたが、それと同時に自分のからだがふわりと浮き上がるのを感じた。
「どういうことだ。まだ帰還を念じてない……」




