第51話 一瞬の気の緩み ——
一瞬の気の緩み——。
そんな軽々しいニュアンスで片づけられることではなかった。
セイは結局、ピーターのミアズマにとどめをさせずにいた。だが、足元にみえるピーターの顔は苦悶にゆがんだまま硬直していて、今にも息が絶えそうだった。とてもなにかの攻撃をしかけてくる余力があるようには見えない。両隣にいるジョンとマイケルは泣きわめくばかりで、それほどの脅威にならない。
そう判断した。
セイはピーターのからだから飛び降りると、スピロたちが逃げ込んだ貸間長屋のほうへ走り出そうとした。
と、その時だった。
二階からエヴァがからだを乗り出したかと思うと、そのまま勢い良く飛び降りてくるのがみえた。しかもそのうしろから小ぶりのミアズマが、エヴァを追いかけるように落ちてくる。それから逃れようとしたエヴァだったが、血だまりに足をとられて、その場に膝をついた。
「エヴァ!」
エヴァはセイの声に顔をあげると、助けを請うように手を伸ばしてきた。二体のミアズマがゆっくりとエヴァの背後に迫っていく。
「いま助けにいく!」
セイがそう叫んだ瞬間だった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
金切り声のようなエヴァが悲鳴をあげた。驚愕のあまり目がおおきく見開かれている。
セイの動きがとまる。
最初、セイは自分がエヴァの叫び声におどろいて、おもわず立ち止まったのだと思った。だが、自分の腹から細い針金のようなものが何本も突き出ているのに気づいて、そうではないとわかった。
その細い針を血がつーっとすべるように伝っていくのが見える。
その先端にすぐに血が集まり、しずくをつくったかと思うと、ぽたり、ぽたりと石畳に赤い点を穿ちはじめた。
あれ?。
その疑問のこたえが浮かぶ間もなく、自分のからだがその腹からつきだしている針によって空中に持ちあげられるのを感じた。ふわっという浮遊感とともに、からだが上に持ちあげられる。針の先が上をむくと同時に、針の尖端に付着していた血が、しぶきとなって飛び散りセイの顔にふりかかった。
その時、セイは目の端で自分が何者にやられたかをかいま見た。
ジョンとマイケルだった——。
つい今さっきまでわんわんと泣いていたはずの、ジョンとマイケルにやられたのだ。彼らの槍のようなつま先でセイは背後から串刺しにされたのだった。
仰向けの状態で中空に持ちあげられたセイにはなすすべがなかった。
そのとき、貸間長屋からちいさなミアズマが出てくるのが見えた。ほかの個体と異なりおかしな形をしている。よく見ると二体が上下に重なっているだけだったが、その二体にはさまれるように、ネルが捕らえられていた。ネルは腹ばいになった状態で、二体のミアズマの隙間で完全に動きを封じられている。ネルを拉致したミアズマがこちらへ向かってくる。
「ネル!」
合体したミアズマがそそくさと、セイの横を通り抜けていく。




