第48話 ネル、ミアズマに捕まる
隣の部屋でネルの悲鳴があがるのが聞こえた。
反射的にゾーイのからだが動く。スピロが声をあげた。
「ゾーイ!。これを」
スピロはリージェント・ストリートで購入した牛刀を手渡してきた。ゾーイはそれを引っつかむなり、廊下に飛び出した。が、マリアたちの部屋のすぐ手前にミアズマが立ちはだかっていた。この狭小住宅に侵入できたことが納得できるほどのかなり小ぶりな体躯のミアズマ——。
ゾーイはナイフを構えた。が、そのちいさなからだについた顔にゾーイは見覚えたあった。気づくとゾーイの口から、その名前が漏れでていた。
「ウェンディ?」
その顔は ピーターの背中に隠れるようにして、しがみついていた女の子だった。あどけない目を閉じてすやすやと眠っているように見えた。だがその寝顔に反して、その胴体から生えた無数の針のような脚は、せわしなく動いてこちらを牽制している。なんぴとも隣の部屋へ行かせないように、通せんぼをしているとしか思えない。
からだが小さいので、すり抜けられるのではないか、と隙間を探ったが、貸間長屋の廊下は部屋同様にとても狭いため、攻撃をかわせるような余地はなかった。
「マリアさん、エヴァさん、大丈夫かい!」
壁越しにゾーイが尋ねると、悪態じみた声が返ってきた。
「あぁ、大丈夫だ。ネルを奪われた以外はな!」
「奪われた?。そりゃ、どういうことだい?」
そう大声で返したが、言い終えるなり、その意味がすぐにわかった。
部屋のなかから這い出してきた二体のミアズマ——。
そいつらにネルが捕まっていた。
二体のミアズマがお互いのからだを上下に積み重ねて、その隙間に空間をつくり、まるで牢屋の格子のように、器用に針金のような足を絡みあわせていた。
そして、二体の隙間の部分にネルのからだを挟み込んでいたのだ。
もちろん、その隙間はせまく、ネルは腹ばいになった状態ではさまれていた。手や脚、頭は針金の脚の隙間から飛び出していたものの、胴体部分をがっちりと挟み込まれ、まったく身動きできなくなっていた。
「だれかぁ、助けてぇ!」
ネルが叫ぶ。
ゾーイは目の前にはだかるウェンディのミアズマを押しのけて、ネルのほうへ向かおうとした。が、ウェンディは針金のような脚を何本も突き出してきた。あわててよけるが、何本かの足先の刃がゾーイの腕と脚をひっかいた。
「ウェンディ、そこをどいてくれないか!」
ゾーイが訴えかけるが、ウェンディは足先をへ繰り出し、ゾーイを威嚇する。
その背後でネルを拉致した二体で合体したミアズマが、ゆっくりと出口のほうへむかっていく。




