第46話 このミアズマ、ピーターなの!
「スピロ、そのナイフをぼくに!」
そうセイが叫ぶとすぐに、スピロが牛刀をやまなりに放り投げてきた。
「そんなので力になりますでしょうか?」
「わからない。だが今、武器と呼べるものはこれしかない」
セイはミアズマの脚の格子の隙間をすり抜けて外へ走り出た。エヴァとネルの前に飛び出して、ナイフを構える。
「セイさん。このミアズマ、ピーターなの!」
エヴァが悲鳴にも似た声で訴えた。セイは驚いて上をみあげた。
さきほどまで戦っていたものよりすこしちいさめの体躯のミアズマ。下から見あげるため確認しづらかったが、たしかにピーターの顔がそこにあった。
「ピーター!」
呼びかけても無駄だと頭ではわかっているのに、つい叫んでいる自分がいた。ピーターのミアズマはその呼びかけに、敵愾心を煽られたのか、くちを大きくひらいて「うぉぉぉん」という威嚇音のような奇声をあげた。
セイはミアズマの細い脚に飛びついた。棒昇りの要領で上へ這い上がる。背中の上に立つと、ピーターの顔がよく見えた。
「ピーター」
セイはもう一度、名前を呼んでみた。今度は威嚇音ではなかった。
「セ……イ……」
ピーターが顔をゆがめながらセイの名を呼んだ。
「ピーターぁ!。意識があるのか!」
「ぼ……をころ……し……て……」
セイは手に持ったナイフの柄をぎゅっと握りしめた。やるべきことだとわかっていた。躊躇ってもだめだということもわかっていた。だが、簡単にはからだが動かなかった。
「セイ!。楽にしてやれ!」
すぐうしろからマリアの声がきこえた。驚いてふりむくと、同じ目線の高さにマリアの顔があった。マリアは逃げ込んだ貸家長屋の二階の窓から、からだを乗り出すようにしていた。
「ためらうな。『情は人のためにならず』、って、日本のことわざにもあるだろ!」
セイはその場に片膝をつきながら、苦笑いを浮かべた。
「マリア、意味がちがうよ。それは、ひとに情をかけておくと、いつか巡り巡って自分のためになる、っていう教えだよ」
セイはナイフを逆手に持ち変えると、おおきく上にふりかぶった。
「だから、ぼくはピーターの願いを叶えることにするよ」
セイはピーターの首元にナイフを振り下ろした。が、突き刺さる寸前、ピーターのミアズマになにかがぶつかってきた。そのからだが横にぐらりと揺れ、喉を貫くはずだった刃が横にそれて頬に突き刺さる。点々と飛び散る鮮血。
「なにがおきた?」
セイはなにかがぶつかってきた方向に目をやった。
そこにさらに小ぶりの体躯をしたミアズマがいた。
「ピー……ーを……いじめない……で」
その小さなミアズマはジョンだった。




