第44話 わたしの力、完全にうしなわれていますわ
「ネルさん、立って!。スピロさんもはやく!」
エヴァはスピロをせきたてたが、彼女は背中を強打したらしく、仰向けになったまま立ちあがれないようだった。エヴァはもう一方の手で、スピロの腕を掴むと力の限りひっぱりあげようとした。
だが、スピロのからだはもちあがらなかった。
「参りました。わたしの力、完全にうしなわれていますわ」
「そうでしょうね。でなければ、こんなことに……」
スピロは倒れたままエヴァを見あげながら言った。
「ネルさん、スピロ大丈夫かい!」
そこへゾーイを背中に負ぶって、マリアの手をひいたセイが走り込んできた。ゾーイの消耗はあからさまで、負われているにもかかわらず、肩で息をしている。粗い息のしたからゾーイが心配そうに声をかけた。
「お……ねぇ……さま。だ……いじょうぶなのかい」
その様子をみたスピロは顔を歪めながら、ゆっくりと立ちあがった。
「セイ様、なにが起きたのです?」
「わからない。でも力をうしなった。ぼくらは今ただの高校生だ。とてもあの怪物と戦うだけの力はない。逃げよう」
「どこに逃げンだ、セイ!」
まだセイの手をつないだままでマリアが苛立ちまぎれに言った。
「ウエスト・エンドに戻ろう」
「はたしてウエスト・エンドは安全地帯なのでしょうかね」
エヴァはつい不安を口にした。それをすぐにスピロがたしなめてきた。
「エヴァ様。今はどうやってこの難局を乗り切れるかだけを考えましょう」
「あ、はい。そうですわね」
指摘されてみて、自分がネガティブな心境になっていることに気づいた。マリアが毒づくように提案する。
「貸間長屋ンなか、突っ切るしかねぇだろ」
「そうですわね。このせまっくるしい長屋なら、あの長い脚じゃあ入ってくるのは無理だとおもいますわ」
マリアとエヴァの助言に、セイが一番近くにある長屋の入り口を指さした。
「あそこに入ろう」
セイはそう言うなりゾーイを背負ったまま走り出し、長屋の狭い入り口のなかへ飛び込んだ。それにマリア、スピロが続く。だが、ネルの介添えを頼まれたエヴァはまだもたもたしていた。ネルがよろよろとよろめいて、走ろうとはしてくれなかったからだ。しかもあいかわらずなにかをぶつぶつと唱えている。
「ネルさん!」
エヴァが声をすこし荒げた。
そのとき、その目の前になにかが落ちてきた。
細い脚が視界にはいる。ミアズマだった。3体のミアズマがエヴァとネルの前に立ちはだかってきていた。
エヴァはその怪物を見あげた。
その瞬間、自分でも意識できるほど目を剥いていた。おもわず悲鳴が漏れそうになる。
そのミアズマのからだの中心についていたのは、ピーターの顔だった。
「ピ……、ピーター」




