第43話 なぜ得意の戦法を使わずにいるのだ——?
「心配することは、なにひとつなさそうですね」
エヴァが背後のスピロに言った。が、ふと、自分の背中にしがみついているネルが、なにかぶつぶつと呟いているのが聞こえた。
なにを言っているのかわからない。だが、それはどうやらポジティブな内容ではなさそうだった。エヴァには呪詛のことばのように聞こえた。
「セイ様、今日は刀を何本も使わないのですね」
スピロが不思議そうに呟いた。
そう指摘されてエヴァは今さらながら気づいた。
セイは無数の日本刀を呼びだし、それを縦横無尽に駆使するのを得意にしているはずだ。いくら狭い場所での戦いだからと言っても、これだけ多勢を相手にするのであれば、いつもの戦いかたを併用しないほうがおかしい。
なぜ得意の戦法を使わずにいるのだ——?。
と、そう思った瞬間、長屋の二階の屋根からミアズマめがけて飛びかかったはずのセイが、突然その勢いをうしない、地面にむかって落ちて行くのが見えた。
「セイさん!」
が、その向こう側でマリアの剣が、ミアズマの針金の脚の一撃にはね飛ばされた。
「マリアさん」
エヴァが名前を呼んだが、その声はスピロが「ゾーイ!」と叫ぶ声とかぶった。ゾーイに目をむけると、彼女はその場にひざをついたまま、苦しそうにしていた。
エヴァは一瞬だけゾーイに目をくれると、すぐさまマリアを援護しようと、ピストル・バイクの大砲のトリガーに指をかけた。未練の力を一気に消費するが、そんなことを気にしている局面ではない。
が——。
弾が飛び出すどころか、トリガーが動きもしなかった。
「嘘でしょ!」
バイクがぐらりと揺らいだ。背後のネルが悲鳴をあげる。スピロがあわてて車体にしがみつくのがわかる。
バイクが一気に降下する。
なんとかバイクの姿勢を制御しようとするが、なにひとつ車体に伝わっていない。空中に浮かせるなど、とてもできそうにない。
「ネルさん、スピロさん、しっかり掴まって。落ちます!!」
エヴァはバイクのハンドルを握りしめて、なんとか激突のショックを和らげられないか必死で頭を巡らせた。が、地面まであと3メートルほどのところで、ふいに尻の下のシートが消えた。そして握っていたハンドルもなにもなくなっていた。
三人は石畳の上に落下した。ドスンという音と一緒に、三者三様の悲鳴と呻き声があがる。エヴァは脚をしたたかに打ちつけて、喉の奥から唸り声をあげた。
が、すぐにからだを起こすと、尻を打って痛がっているネルの手をひっぱった。
「ネルさん、立って!。スピロさんもはやく!」




