第40話 ゆめゆめ、惑わされることなきよう
「すくなくとも一体は倒せていたってことか……」
セイがためらいがちに言った。
たったそれだけ言うことすら場違いであるように思わせる悲鳴だった。人間だったらだれしも胸が押し潰されそうになるほど苦しげで、子供が身悶えするような声色で、こころの奥底から苦しみと怨嗟を嘆き訴えているような悲痛な叫び——。
「なんて声……なんでしょう」
エヴァが胸元に手をあてて声を詰まらせた。
「こいつは……、さすがに抵抗があるな……」
マリアもひとこと呟くだけだったが、ゾーイは声もなかった。ただごくりと唾を呑込むだけだった。うしろで守られているネルは、ゾーイの背中に顔をふせてただただ震えていて、反応するどころではない。
セイはこの場を沈欝な雰囲気が支配しようとしていると感じた。
目の前で仲間が息絶えたことで、ほかのミアズマがさらに警戒色を強めていた。からだの中央についている人間の顔が、まるでシグナルのように赤い光を放っている。
セイは自分から打ってでて、この状況を変えようとした。が、そのとき、スピロがおおげさに鼻を鳴らしてみせて、嫌悪感をあらわにした。
「ふん。こざかしい真似をする悪魔ですこと。手練れのサイコ・ダイバーズを相手に、こんなことが通用するとでも思っているのでしょうか?。本当に断末魔の声ならば、エヴァ様の銃弾に貫かれたときに発するもの。あれは仲間への仰々しいだけの警告音でしかないでしょう」
スピロはぐるりと全員をみまわすと、芝居がかった調子で鼓舞した。
「皆々さま、ゆめゆめ、惑わされることなきよう!」
「スピロ、ずいぶん仰々しいな」
マリアは苦笑まじりにそう言いながらスピロに近づくと、手の甲でスピロの胸をかるく叩いた。
「だがいい仕事だ。助かったぜ。あんたが大見得きってくれたおかげで、気が楽になった。気持ちよくやつらを殺れるってもんだ」
そのやりとりだけでその場の重たい雰囲気が払拭されていくのがわかった。セイはスピロに目で感謝を伝えると、すぐさま作戦を伝えた。
「ゾーイ、きみのテレキネシスの力であいつらをうしろにはね飛ばすことはできるかい?」
「はね飛ばす?。やっつけるんじゃなくてかい」
「あぁ、ここは狭すぎる。だからぼくらの戦うためのエリアがほしい」
ゾーイがまわりを見回した。ミアズマの顔はまだ警戒色の赤のままだった。だがそれでもじりじりと間をつめてこようとしていた。
「なるほどねぇ。こりゃこの場所で戦うにはいささか数が多いかもね」
「すぐに動きがとれなくなりそうだ」
「セイさん。じゃああたいが、あいつらを間引いてやるよ」
ゾーイは拳を手のひらに打ちつけて気合いを示した。重要な役割を与えられて、張り切っているのだろう。
「エヴァ、きみはピストルバイクを召喚して、スピロとネルさんと一緒に上空に待機していてほしい」
エヴァはなんとなくわかっていたのか、はーっと軽くため息をつくと言った。
「わかりましたわ、セイさん。第一の任務はネルさんを何者かに殺させないことですからね」
「うん。本当はきみにも戦って欲しいんだけど、ネルさんを安全圏に逃がせるのはキミしかいない」
「了解しましたわ。ふたりを浮遊させるのはすこしばかりしんどいですが、まぁ、高見の見物と参りますわ」




