第39話 瘴気(ミアズマ)
「エヴァ、あいつらを一掃してくれないか?」
「あら、口火を切らせていただけるなんて、光栄ですわ、セイさん」
面白くなさそうな顔をしているマリアにちらりと目配せすると、エヴァはマシンガンの引金を一気にひいた。建物に囲まれた狭い路地での発砲音が、あたりに反射して予想を超えた騒々しさになる。聞いたこともないようなけたたましい音に驚いて、ネルが悲鳴をあげた。
弾丸が蜘蛛の針金のような脚をへし折り、その一部をこなごなに飛び散らせていった。だが、からだに当たったはずの弾丸は、なにかの防御壁にでも当たったように、四方八方にはじき飛ばされていた。
「嘘でしょ。ほとんどはじき飛ばされてますわ」
エヴァがおどろきとともに声をあげた。蜘蛛の大半はなにかしらの損傷を負っていたが、動けなくなった個体は見当たらない。これだけの弾丸を浴びせられても、蜘蛛はまだ動いていることにセイも驚きを隠せなかった。それでも今の銃撃で警戒したのか、蜘蛛たちはすこしうしろにあとずさった。すくなくともわずかな時間を確保できたのだけが成果だった。
セイは蜘蛛のまわりをなにか黒い霧のようなものがうっすらと覆っているのに気づいた。
「あの黒い霧、なんだろう?」
「どす黒い邪気が含まれてンのはたしかだな」
「あれじゃないのかい。エヴァさんの弾丸をはじき飛ばしたのは」
マリアとゾーイが口々に勝手な意見を並べ立てた。
「あれは瘴気……なのかもしれません」
ふいにスピロが自分の導いた推論を口にした。セイは思わず聞き返した。
「瘴気?」
「伝染病などを引き起こすと考えられた『悪い空気』のことです。もし悪魔がこのロンドンの霧をモチーフにして、怪物を産み出したとしたら、古代から19世紀頃まで信じられた、怖れの対象『瘴気』を使ってもおかしくないでしょう」
「じゃあ、蜘蛛はなんなんだい」
「さぁ、わかりません。蜘蛛の巣のように入り組んだこのスラムの街を皮肉ったのか、ただ単に蜘蛛の怪物しか産み出せない悪魔なのか……」
スピロは全員に肩をすくめてみせた。
「残念ながら、悪魔のセンスはわたくしにはわかりません」
「ネーミングはどうだっていいだろ……」
マリアがセイとスピロの話に釘をさしてきた。
「その『ミアズマ』っていうのをまとった怪物は、オレが剣でたたき斬ってやるよ」
マリアが剣をぐっと前に構えた。
と、そのとき、一体のミアズマが突然「ぎゃあああああああ」と苦悶の叫び声をあげて果てた。高い脚に持ちあげられていた体躯が、力をうしないドシャッという鈍い音をたてて落下し、そのまま動かなくなる。
そのミアズマに目をむけると、頭についたひとの顔の眉間に穴が空いていた。




