第37話 さっそくのお出まし、ありがたいね
「みんな、注意して。様子がおかしい」
「ああ。さっそくのお出まし、ありがたいね」
マリアは嬉しそうに口元を緩めると、中空に手をかざし暗雲を呼び出した。
「ここでかたをつけられれば、もう一晩路上生活をさせられずに済む」
手のひらサイズの黒々と渦巻く暗雲のなかに、手を突っ込んでそこから大剣を引き抜いて正面で構えた。
「ほんとうに安心しました。一挙に殲滅してベッドのうえでゆっくり寝たいものです」
エヴァが手の平を地面にむけながら言った。石畳の地面にはすでに黒い穴がぽっかりとあいて、その下からゆっくりと機関銃が、銃床を上にしてせりあがってきていた。エヴァは手をのばして、銃把をつかむと、銃を抱えあげて構えた。
セイは正面に気を配りながら、背後に命令を飛ばした。
「ゾーイ。きみはネルさんを守ってくれ」
「セイさん、まかせておくれ。なにがでてきてもネル姉さんには指いっぽん触れさせやしないよ」
「スピロ、きみはゾーイと一緒にいて」
「セイ様、お気づかいなく。わたくしは自分の身くらいは自分で守るようにいたしますので」
そう言いながらスピロは袂から、刃渡り20センチほどの大きな包丁をとりだした。
「リージェント・ストリートの市場で、牛刀を何本か買い求めてきました。ゾーイにも持たせましたわ」
そしてセイのほうへこれ見よがしに掲げてみせた。
「ゾーリンゲン製です」
セイは重荷になりたくないという、スピロの心構えが嬉しかった。
「うん、わかった。できる範囲で構わないから、自分で自分を守って。でも危なくなったら、遠慮なく助けを求めてくれるかな……」
「スピロ、キミを危険な目にあわせたくないから……」
「はいっ」
スピロがいやに素直な返事をしてきた。びっくりしてスピロを見ると、なぜか目をほそめて嬉しそうにしていた。こころなしか頬が赤らんでみえる。
その時、どこからか石畳かブロックを尖ったもので打ちつけるような、カチカチという音が聞こえてきた。セイは反射的に上に腕をつきあげた。手のひらのなかに稲光がしたかと思うと、次の瞬間には日本刀を召喚していた。ゆっくりとそれを腰にもっていく。
セイはなにか邪悪なものがこの貧民街の一角にむけて迫ってくるのを感じた。
カチカチという音が街中のあちこちから聞こえてきはじめた。それは街の壁のあちこちに反響していて、多重に重なっているようにも聞こえたが、セイには最初からわかっていた。
敵は一体ではない——。
やがて正面の辻から、その敵が姿をあらわした。
それは人間大もある大きな蜘蛛に見えた。




