第33話 なぜ時間の『先送り』が起きなかった?
「エヴァ様、それは無理というものです」
そこへスピロがすこし離れた街角から現われ、異議をさし挟んできた。
「ネルさんがいつ、なにものかに、殺されるのかがわからない状況で、ここを離れるわけにはいかなかったのですからね」
スピロはどこからか戻ってきた様子だった。
「おはよう、スピロ。朝っぱらからどこへ?」
「水を組みに行っていたのですわ。セイ様」
セイはいつも横に連れているゾーイの姿が見当たらないのに気づいた。
「あれ?、スピロ、ゾーイはどこに?」
「ピーターや子供たちと一緒に水汲み場に並んでいますわ」
「なんであいつはそんな余裕があるんだぁ?。あいつも何度か歩哨に立たされてるんだ。満足に眠れなかったはずだぞ」
「あの子は体力だけはありますからね。からだの頑丈さはセイ様にも負けてませんわ」
そう言われてセイは腰がすこし痛いのを思い出した。石畳の上に座り込んでいたのが、それなりに堪えたようだ。反射的に腰に手をやる。
その瞬間、ふと違和感を感じた。いままで経験した戦いの手順から考えると、どうにも払拭しがたい疑問が頭をよぎる。
「それにしてもおかしいな。なぜ時間の『先送り』が起きなかったんだろ?。すぐにネルさんが襲われるとは思えないのに……」
「『先送り』?」
「ほら、この世界は宿主、つまり昏睡病の患者の、前世にあたる人物の記憶から再構築されている世界だろ。だから前世の人物にとって印象に残らない日だったり、そのひとの『未練』に影響がない日は、一気に先に送りされてしまうんだ。映画の場面転換みたいに」
「ああ……。あれのことですか?セイ様は『先送り』と呼ばれてるのですね」
「え?。あれって呼び名があるのかい?」
「ありますとも。『ダイバーズ・オブ・ゴッド』では『超跳躍』と呼んでます。アルフレッド・ベスターのSF小説『虎よ、虎よ』に由来する造語ですが……」
『超跳躍』というフレーズに、マリアが反応した。
「あの『超跳躍』っていうヤツかぁ。あれ、オレ苦手だよ。なんの予兆もなく起きやがるからな。時間も場所もいっぺんに変わった時ゃあ、途方に暮れちまう」
「そうですわね。私は一挙に3年とばされたことがありましてよ」
マリアにエヴァが続くと、ふたたびマリアが自分の体験談を語った。
「オレは小刻みに5回くらい飛ばされたことがある。あれは最低だ……」
「あれをくらうとちょっとした記憶喪失みたいになっちまう。途中で間欠的に記憶が飛んでいるから、まわりの連中と話が噛みあわなくなるったらなかったよ」




