第32話 なんでオレたちは路上生活者をやってる?
「なんで、オレたちは路上生活者をやるはめになったんだ」
マリアが吠えた。だがそのことばにはいつものような覇気はなく、みょうに気抜けして感じられた。
「マリアさんに完全同意ですわ。まったくもって……屈辱至極!。ガードナー財団の次期CEOの受けるべき待遇ではありませんわ」
エヴァもいきどおりを隠そうとはしない。だが、こちらもいつもと鼻っ柱の強さは鳴りをひそめた物憂げな様子で、ただだれかに愚痴をこぼしているだけに聞こえる。
セイがふたりの方へ目をむけると、両人ともやけに疲れ切った顔をこちらにむけていた。目は恨みがましげにギラついていたが、瞼は重力にたえきれず、下へ落ちかかっているうえ、口はだらしなく空いたままで、こちらも唾液がこぼれおちそうだ。
どことなく目の下が黒くくすんでいて、隈のよう見えなくもない。
「ど、どうしたのさ?。マリアもエヴァも」
「ああん。どうしたもねぇだろ。オレは一睡もできなかった」
「わたしも眠れませんでした」
「でも歩哨は交代でやったから、4時間程度は眠れたはずだけど……?」
「クソの上だぞ」
マリアが重々しい瞼の下から、セイを睨みつけた。
「しかもクソみたいにゆがんだ石畳の上のな。眠れるわけがねぇ」
「それにめまいのするような臭いっ」
今度はエヴァが胸焼けを抑えながら、不満をぶちまけてきた。
「いっそ気絶してくれれば、どんなに楽だったかと願うほどでしたわ」
「嗅覚を調整すれば、臭いはかなり緩和できたと思うけど……」
「バカか、セイ。あの能力は一時的なものだろうがぁ。あんなのとっくに有功期限切れだ」
「それにこの霧……、じゃなくて煤煙でしたわね。朝になったとたんまた……」
「やっぱ、どこかで安宿を探すんだったよ。こんなクソみたいな、じゃなくてクソそのものの上で寝るんじゃなくてな」
セイは昨晩、さんざん模索したり協議したことを思い出しながら言った。
「マリア。昨日この近くで探したけどどの宿もいっぱいだったじゃないか。ちいさな部屋に嫌っていうほど詰めて込まれてて。あんなところにもし泊まっていたら、なんやかんや起きていたと思うよ」
「なんやかんやってなんだよ?」
「ピーターが言ってただろう。人間が思いつくすべてのことが起きるって……」
たちまちマリアの顔がカーッと赤くなった。
「そ、そんなヤツ、オレが殴り倒してやる」
セイは嘆息した。
「マリア、きみがその行為を迫られなくてもサ。その行為を間近で見せつけられるんだよ……」
マリアはさらに顔を赤らめたが、エヴァはそんなことはどうでも良いとばかりに、セイの前にでてきて諭すように言った。
「セイさん、だからこんな貧困の街『イースト・エンド』ではなく、上流階級の暮らす『ウエスト・エンド」で宿を探せばよかったのです……」
「お金はいくらでも、つくれるのですからね」




