第14話 オレはなんに蹴っつまずいたンだ
エヴァの手元から硬貨が消えた瞬間、マリアは自分たちの足元を何者かがすり抜けていったのを見逃さなかった。
「エヴァ。それ盗まれたんだよ!」
「盗まれた?。誰にですの?」
「そんなことオレが知るか。だが逃がしやねぇよ!」
そう言うなリマリアは、盗人がすり抜けていった方角に駆け出した。
「マリア様、ご注意を!」
「スピロ、無用な心配だ。やられやしねえよ」
「そうではなくって……」
スピロがなにか注意をしようとしていたが、間に合わなかった。
数歩も走り出さないうちに、なにかにつまずいて、マリアのからだがつんのめった。なんの受け身もとれないまま、そのまま石畳の上に叩きつけられる。
「足元にお気をつけください……」
でこぼこした石畳にしたたかにからだを打ちつけられ、苦悶の呻きをもらしたマリアにむけてスピ口の忠告は続いていた。
「もう遅いぜ、スピロ」
息もとまる痛みが走ったが、マリアはそう悪態をつきながらよろよろと立ちあがった。
「なんだ……、オレはなんに蹴っつまずいたンだ」
起き上がりながらマリアはうしろをふりむいた。
そこにひとがいた。
それもひとりふたりではない。
何十人ものひとびとが、うす汚い共同長屋の壁に背中をくっつけて、そこに座っていた。寒さをしのぐためだろうか、数人単位でお互いにもたれあったまま、からだを縮こまらせている。その身なりはみなみすぼらしく、しみだらけの古いレンガと区別がつかないほど薄汚い。
「な、なんだぁ、こいつらわぁぁぁ」
「さあ?、でもマリア様。ただここはスラムですからね。ホームレスのひとりやふたりはいても不思議はないでしょう」
「どこがひとりやふたりだよ。ざっと見ただけで四、五十人はくだんねぇぞ」
マリアの怒りをよそに、セイがスピロに興味深げに尋ねた。
「スピロ、ここは住宅街なのに、なんでこんなにホームレスがいっぱいいるんだい。こんなボロ屋なら、安宿のひとつも借りられるだろうに」
「セイ様、ここの貧困は底なしです。そんなレベルではありません。それに路上で座り込んでいるひとたちのなかには、自分の部屋からあぶれたひともいるはずです」
スピロは丁寧に説明したようだったが、マリアにはなにがなんやら意味がわからなかった。
「自分の部屋からあぶれた?。おい、スピロ。ここにきて意味不明の問答をする気はねぇぞ」
「このスラムでは一部屋に平均十人ほどが住んでいるんです」




